eぶらあぼ 2018.3月号
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41独自の芸術的な地平を切り拓く、新しい詩と音楽の邂逅 この3月、小金井宮地楽器ホールの開館5周年記念事業として、林望原作・作詩、野平一郎作曲による、メゾソプラノ、テノール、ギター、フルートのための演劇的組歌曲「悲歌集」が上演される。2006年に初演されて以来6回目の再演で、今回も豪華な初演メンバーが集結する。そもそも、最初に林望に持ち込まれたオファーは「恋愛の歌、男女のデュエットで」というものだったそうだ。 「手始めに万葉集の中の歌を現代語にアレンジしたりしてみたのですが、古典学者の僕が古典をアレンジするというのはあまりにも予定調和的すぎる、と考え直しました。世阿弥に“めづらし”という言葉があるのですが、せっかくつくるのなら“誰も見たことがないような世界”、つまりは今までの日本歌曲に無かったようなフレッシュな恋の歌にしようというところにこだわりました」(林) そうして出来上がった詩は、「切れば血の出るような恋の詩」といわれるような、生々しい恋愛のすがたを描いたもの。さて、そんな詩をもらった野平は作曲にあたってどんな工夫をしたのだろうか。 「人間の中にあるモヤモヤしたものを表現することが求められているんだろうな、ということはすぐにわかりました。ただ、当初“ギター伴奏の歌曲”という依頼だったのですが、この詩の世界を表現するにはギターと歌だけだとあまりに内密になりすぎると感じたので、ギターとは正反対の楽器であるフルートを入れることで豊かな色彩感を出そうと考えました」 そのフルートも、そしてギターも歌も、「誰にでも演奏できるものではない」(林)たいへんなヴィルトゥオジティが要求されるところは、いかにも現代音楽のエキスパートたる野平らしい。 「そういう意味では、初演メンバーはすごかった。作曲者としてはこのメンバー以外の人が演奏するということは、ちょっと考えられない。再演されるごとに少しずつ違ってくる。演奏家も年月を重ねることで演奏解釈が深まっているのを感じます」と野平も嬉しそうだ。 全部で7曲から成る「悲歌集」には、「演劇的組歌曲」というタイトルがつけられているが、これは林の発案だという。 「歌い手には、音楽劇を演じているような気持ちで歌ってもらいたいと考え、“演劇的”とつけました」 実際、過去には演出がつけられた上演もあったが、特に演出はなくても「自ずと演技が入ってしまうはず」。野平も「オペラと歌曲の間のような作品」と語る。そうした“演劇的”な歌唱を可能にしているのは、詩が、歌われたときにどうきこえるか、ということを意識して書かれているからだ。 「日本語には歌いにくい音型があるんです。例えばフレーズの最後に“ん”の音が出てくると歌い手には非常に負担になる。だから“ん”で終わる言葉は極力避けました。また、この詩はほとんど大和ことばで書いています。こうした聴き取りやすくするための工夫をしてはじめて、“歌うための詩”になるんです」 一方で野平も、日本歌曲における詩、言葉の扱い方に問題意識を抱いている。 「今の若い人たちに日本語で歌曲をつくってもらうと、“現代風声楽曲”みたいになってしまって、きちんとした“日本歌曲”にならない。それは、詩がただの作曲のための材料になっていて、詩の世界と自分の音楽との共通点をみつけることができていないからです。このままでは日本歌曲は衰退してしまう、という強い危機感があって、それも『悲歌集』のような作品をつくる上での大きな原動力になっています」 林も言葉に力を込める。 「日本歌曲不毛の時代ですよね。でもその不毛な大地に水をまいて芽を出させたいという思いが僕にはあって、野平さんといっしょにつくったこの『悲歌集』が6回も再演されたということは、ひとつの成果だと自負しています」 「歌うための詩」と「詩の世界を表現する音楽」が出会ったとき、「歌曲」は独自の芸術的地平を切り拓く。林望と野平一郎が生み出したその地平に、この3月、足を踏み入れようではないか。Information開館5周年記念事業 FOCUSこがねい演劇的組歌曲「悲歌集」出演/林 美智子(メゾソプラノ)、望月哲也(テノール)、福田進一(ギター)、佐久間由美子(フルート)曲/ポンセ:「我が心君へ」「エストレリータ」/シューベルト:「冬の旅」より〈菩提樹〉〈春の夢〉/ピアソラ:「オブリヴィオン」「チェ・タンゴ・チェ」/野平多美:「3つの日本の歌」より〈荒城の月〉/野平一郎:「3つの日本の歌」より〈城ヶ島の雨〉〈ふるさと〉/武満徹:「エア フルートのための」/野平一郎:演劇的組歌曲「悲歌集」3/31(土)15:00 小金井 宮地楽器ホール問 小金井 宮地楽器ホールチケットデスク042-380-8099http://koganei-civic-center.jp/取材・文: 室田尚子 写真: 藤本史昭
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