eぶらあぼ 2018.3月号
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181スター歌手の衣裳を手に入れる方法、教えます ヨーロッパの2月と言えば、謝肉祭(カーニバル)シーズンである。この言葉からは、リオのそれが連想されるが、欧州では仮装を伴った「受難節前のお祭り」のこと。断食期間が始まる前に、たっぷり飲み食いして楽しもう、という習慣である。ドイツでも、人々は派手な仮装をして大騒ぎする。 オペラハウスでは、この機会を利用して、古いプロダクションの衣裳をバザー販売する。衣裳は歴史的なもの、奇抜なものが多いので、仮装にぴったりだからである。今年もベルリン・ドイツ・オペラがバザーを開催したが、会場には約100人からの列ができていて、バーゲンのように“大変なこと”になっていた。 ファンにとっては、もちろん有名歌手の衣裳をゲットすることが目的である。筆者も、何を隠そうかなりのお宝を手に入れた。例えば、ベルリン国立歌劇場《リング》(ハリー・クプファー演出)のヴォータン、ブリュンヒルデ、ジークリンデの衣裳。いずれもジョン・トムリンソン/ファルク・シュトルックマン、デボラ・ポラスキ、ヴァルトラウト・マイヤーが着たものである(首の後ろに名前が入っている)。ベルリン・ドイツ・オペラでは、エリーザベト・グリュンマーの《魔弾の射手》アガーテ、ジェシー・ノーマンの《フィガロ》伯爵夫人等。そう、そんな凄いものが手に入るのである(自慢でゴメンなさい)。グリュンマーの衣裳は、50年代の粗悪なポリエステルで、クリーニングに出すのに勇気が要ったが、幸いボロボロにならずに返ってきた。 気になるお値段だが、以前はかなり高く、1着に400ユーロ(約54,000円)払ったこともある(ドロテア・レッシュマンのスカルラッティ《グリゼルダ》題Profile城所孝吉(きどころ たかよし)1970年生まれ。早稲田大学第一文学部独文専修卒。90年代よりドイツ・ベルリンを拠点に音楽評論家として活躍し、『音楽の友』、『レコード芸術』等の雑誌・新聞で執筆する。近年は、音楽関係のコーディネーター、パブリシストとしても活動。名役)。しかし、最近デボラ・ヴォイトの《影のない女》皇后を射止めた時には、たったの40ユーロ(約5,400円)だった。なぜかというと、有名歌手の衣裳は、普通のお客さんにはあまり魅力的でないからである。「自分がお祭りで着ること」が前提なため、主役級の衣裳は、大抵ブカブカ過ぎ。結果的に売れにくいため、お手頃な値段が付く(純粋に見栄えのいいもの、着られそうなものが、役柄とは無関係に高くなる)。もっともベルリン・ドイツ・オペラの場合、名舞台の大スターの衣裳(ゲッツ・フリードリヒ演出《リング》等のルネ・コロ、ギネス・ジョーンズのもの)は、アーカイブに保存され、売りに出されない。そういうものは、出展する側にとっても惜しいのだ。 しかし、劇場衣裳部の方によると、オペラやバレエの衣裳はすべて手製なため、値段に換算できないのだという。上記《グリゼルダ》の衣裳には、100時間が費やされており、時給で考えると数十万円になってしまう。しかしファンにとっては、衣裳の値打ちはもちろんモノ自体ではない。歌手が汗だくになって歌ったステージの感動が込められているからこそ、価値がある。今でも《リング》の衣裳を見ると、マイヤーやポラスキの歌や表情が、脳裏にまざまざと蘇ってくる。城所孝吉 No.20連載

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