eぶらあぼ 2018.2月号
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25「エリーゼのために」をプロとして真剣に弾きたいと思っています取材・文:飯田有抄 「名曲の花束」――及川浩治のリサイタルに付けられた、シンプルにして美しいタイトルだ。曲目を一瞥すると、シューマンの「トロイメライ」やベートーヴェンの「エリーゼのために」、ショパンの「バラード第1番」などが目に飛び込み、よく知られた曲を並べた名曲集のように見える。しかし、よくよく見ていくと、リストの「ラ・カンパネラ」はブゾーニ編曲版を、ショパンの「ノクターン」は有名な第2番ではなく、メロディが複雑に絡み合う第16番変ホ長調を、そして締めの一曲にはリストがオーケストラとピアノのために作曲した「死の舞踏」のピアノ独奏版を置くなど、技巧の粋を尽くした難曲も組み込まれており、及川の思想とセンスとが光る奥深いプログラムであることが伝わる。 「綺麗な花をまとめれば、いい花束になるわけではありません。バランスや組み合わせなど、花を生けるにも技術が必要となるように、このプログラムも曲やその配置を考えて、お客様に素敵な花束をお贈りできるように考えています。誰もが知っている花の中に、1本2本、名前のわからない花が入っているのも素敵じゃないですか。だからあまり知られていなくても、僕自身のカラーに合った作品なども入れています。 誰もが知るシューマンの『トロイメライ』も、バッハ(ブゾーニ編)の『トッカータとフーガ ニ短調』とリスト(ブゾーニ編)の『ラ・カンパネラ』という激しい2曲の間に挿し入れることによって、一段と夢想的な美しさが際立ち、あらためてシューマンの素晴らしさを実感します。そうした体験を、ぜひライヴの演奏を通じて共有していただきたい。今では、名曲はもちろんマニアックな作品まで、インターネットを使えば簡単に聴くことができます。お気に入りの曲を並べたプレイリストを作り、一人の部屋で聴いて楽しむのもいい。でも、音は空気振動によって伝わるもの。コンサートホールという空間で、たくさんの人と一緒に『花束』というプレイリストを味わうひとときを過ごしていただきたいのです」 ベートーヴェンの「エリーゼのために」の後ろには、ソナタ第23番「熱情」を続ける。 「お子さんもよく弾く『エリーゼのために』ですが、僕自身が子どものころは好きではありませんでした。プロの演奏家となってからリクエストにお応えして弾いてみると、右手にタタタタン…タタタン…という、あの『運命』交響曲や5大ソナタの一つ『テンペスト』3楽章に出てくるリズム動機が登場するし、後半左手がララララララ……と連打して激しい雰囲気になるところは、『熱情』第1楽章の再現部で現れる左手の連打と共通するし、さらにそれが半音上がって転調するところも同じだと気付きました。『エリーゼのために』が作られた1810年頃といえば、ベートーヴェンはすでに5大ソナタを書き終えているし、この曲は愛する人に贈られた。考えてみたら駄作であるはずがありません。そう思って楽譜を読み込んでみると、これはベートーヴェンの考えや思いが詰まった作品であり、まさに彼の名曲だと実感したのです。僕はプロとしてこの曲を真剣に弾かなくてはならない、そう思うようになりました」 一音一音までよく知られている名曲の演奏に、ごまかしはきかない。 「プロにとってある意味、名曲ほど怖いものはありません。名曲はシンプルでもあります。バッハの『主よ、人の望みの喜びよ』の冒頭のメロディは、ソ-ラ-シ-ド-レという上行音階が骨格になっていますし、『トッカータとフーガ』の冒頭は逆にラ-ソ-ファ-ミ-レという下行音階です。そうしたシンプルな素材に作曲家たちのインスピレーションと魂が宿り、200年、300年と愛される名曲として受け継がれてきた。奏者自身も強いインスピレーションを纏わなければなりません。その意味でも大変なプログラムではありますが、音楽する喜びを強く実感できる曲目となりました。多くのお客様に素敵な花束をお届けできる日を楽しみにしています」Information名曲の花束 及川浩治 ピアノ・リサイタル曲目バッハ:「主よ、人の望みの喜びよ」(ヘス編)、トッカータとフーガ ニ短調(ブゾーニ編)/シューマン:トロイメライ/リスト:ラ・カンパネラ(ブゾーニ編)、愛の夢第3番、死の舞踏/ベートーヴェン:エリーゼのために、ピアノ・ソナタ第23番「熱情」/ショパン:ノクターン第16番、バラード第1番2/25(日)14:00 サントリーホール問 チケットスペース03-3234-9999 http://www.ints.co.jp/全国公演については下記ウェブサイトでご確認ください。http://www.koji-oikawa.com/

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