eぶらあぼ 2018.2月号
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171ベルリン・フィルを国が助成〜国立化の可能性も? しばらく前にこのページで、ドイツにおける「国立歌劇場」の名称と、その是非をめぐる話をした。この国では、文化政策は州の管轄であり、音楽団体は通常、州や市の資金で運営される。しかし、多くの劇場は「国立」を冠しており、呼称と実際との間に齟齬が存在する。それが紛らわしいと書いたのだが、このところ、そうも言っていられなくなった。というのはこの1月より、一部の音楽団体に、ドイツ連邦政府=国の助成金が出ることになったからだ。 今回、助成が決まったのは、ほかでもないベルリン・フィルである。同オケは、これまでベルリン州の出資で運営されていたが、連邦がその一部(年額750万ユーロ=約10億円)を肩代わりし、さらに増資することが合意された。同様に、ベルリンの3つのオペラハウスも、年総額1,000万ユーロ(約13.5億円)のサポートを受ける。その際この措置は、表向きには「連邦政府の首都=ベルリン州に対する助成」と位置付けられている。つまり、国が首都機能(公共的なインフラ)を維持するために出資する、という立て付け。それゆえミュンヘンやハンブルクの団体は対象にならない。 …ところが連邦側に、実はもっと別の意図があったらしいのである。つまりベルリン・フィルを「100パーセント国立オケ」にする、という発想だ。確かに彼らは、ベルリン以上にドイツを代表する楽団、と見なすことができる。連邦政府が、国の文化的シンボルとして国立機関にしたいと考えてもまったく不思議ではない。 しかしドイツには、連邦制の原則がある。即ち、Profile城所孝吉(きどころ たかよし)1970年生まれ。早稲田大学第一文学部独文専修卒。90年代よりドイツ・ベルリンを拠点に音楽評論家として活躍し、『音楽の友』、『レコード芸術』等の雑誌・新聞で執筆する。近年は、音楽関係のコーディネーター、パブリシストとしても活動。中央政府がすべての実権を握るのではなく、各州に政治的・立法的な権限が分散される。この国では、ナチス=全体主義への反省から、国家権力を一点に集中させない、という基本理念が存在するのである。教育と文化は、人々の思考に大きな影響を与えるために州が独立して管理する。音楽団体が州により助成されるのはそのためだ。 もしベルリン・フィルが国立化されれば、「文化は州の管轄」という原則を揺るがすことになる。それは当然ながら、憲法レベルでの議論を必要とする。バイエルン国立歌劇場のようなほかのトップ団体も、不公平だと反発するに違いない。今回の助成が、首都への特別助成という形に落ち着いたのは、そうした原則論を回避するためらしい。ベルリンの3つのオペラハウスにもお金が出るのは、言わば棚から牡丹餅。「ベルリン州の音楽団体全般への助成」という恰好をつけるための措置だと思われる。 というわけでベルリン・フィルは、「州の資金で運営され、一部国の助成も受ける」オケになるが、この問題は、今後どう展開するだろうか。ひょっとすると将来、本当に国立オケになるかもしれない。城所孝吉 No.19連載

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