eぶらあぼ 2017.12月号
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179オーケストラの試用期間 前回、「オーケストラのアカデミーに入れば、その楽団に入れるチャンスは増す」という話をしたが、今号では、“入った後”の話をしようと思う。つまり、試用期間である。これは、(普通の会社と同様に)入団した人が“実際に使えるか”を試すものだが、ベルリン・フィル、バイエルン放送響などの一流オケの場合、最長2年間続く(一般的には1年間)。言うまでもなく、かなりの長期間である。たとえオーディションでパスしても、最初の2年(1年)は、その楽団に残れるのか分からない。 なぜそれほど長いのかというと、表面的な演奏能力以外の面が試されるからである。ひとつには、音楽性がオケに合致するか、ということ。どんなに弾けても、その人の志向する音楽が、オケのそれと違っていたら、長期的にはうまくいかない。もちろんオーディションでも分かることだが、期待される役割を総合的に果たせるかを判断するために、しばらく様子を見るというのが楽団の考え方である。 同時に重要なのが、人間性。オケはエモーショナルな人間の集まりなので、お互いがぶつかることも多い。そのなかで、全体にマッチする性格を持っているかが、不可欠な要素になる。何十年も一緒に演奏してゆくのに、キャラクターに問題があると、やはりうまくいかないのである。またコンサートマスター、ソロ奏者ならば、グループやオケ全体を引っ張っていく責任感と、包容力が求められる。ストレスに晒されていても、確実に機能する精神的強さも大事。彼らは楽団の「顔」でもあるので、特に厳しく審査されると考えられる。 試用期間の合格審査は、団員投票によって行わProfile城所孝吉(きどころ たかよし)1970年生まれ。早稲田大学第一文学部独文専修卒。90年代よりドイツ・ベルリンを拠点に音楽評論家として活躍し、『音楽の友』、『レコード芸術』等の雑誌・新聞で執筆する。近年は、音楽関係のコーディネーター、パブリシストとしても活動。れる(通常、該当楽器のグループ内でだが、トップ団体の場合、オケ全体のことが多い)。これはきっかり2年(1年)後ではなく、「この人は大丈夫」ということであれば、1年(半年)でゴーサインが出ることもある。オケによって差があるが、大体過半数〜大多数のメンバーの了承を得られれば、合格。審査までの期間をどう過ごすかは、本人にとっては大問題である。ストレスで痩せたり太ったり、というような話をよく聞く。 我々は、明らかに才能がある人ならば、すぐパスするような気がするが、決してそうではない。例えばベルリン・フィルでは、2年ほど前、華麗なコンクール歴を持つファゴット奏者が、非採用となった。また弱冠18歳で入団した天才的トランペット奏者も、試用期間終了後、更新されなかった。どんな背景があったのかは分からないが、後者の場合、年齢や人間的成熟度が関係しているような気がする。本人にとってはダメージだが、それでも“合うふり”をして何十年も居続けるよりは、いいのかもしれない。人間的な成熟度が問題ならば、後年再度オーディションを受けることも考えられるだろう。ファゴット奏者も、ベルリン・フィル退団後すぐにウィーン国立歌劇場管に入り、現在は試用期間も終えて順風満帆だそうである。城所孝吉 No.17連載
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