eぶらあぼ 2017.11月号
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23『エスプレッシーヴォ』はこれまでの様々な経験や思いが籠もったアルバムです取材・文:山田治生 写真:武藤 章 礒絵里子がデビュー20周年を記念してアルバムをリリースし、11月にはリサイタルを開く。1997年に日本演奏連盟主催のリサイタルでデビューした頃は、まだ、ブリュッセル王立音楽院でイーゴリ・オイストラフに師事していた。それから「あっという間の20年だった」という。 新しいアルバム「エスプレッシーヴォ」には全部で18曲の小品が収められている。 「今までいろいろなところで弾いてきたけれどCDに録音していなかった曲を収録しました。ブラームスの『スケルツォ』でガツンと始めて、最後をチャイコフスキーの『ワルツ・スケルツォ』で締め括るという構成です。『ワルツ・スケルツォ』はブリュッセル王立音楽院の修士修了試験でも弾いた思い出の曲です」 今回のピアノ共演は實川風。 「新世代で素晴らしいと思っている實川さんにピアノをお願いしましたが、実は今回の録音が初めての共演でした。彼の音楽性はアンサンブルでも発揮されるんです。今回は小品でしたが、将来的にはソナタのような大きな作品も一緒に弾きたいと思います」 従妹のヴァイオリニスト神谷未穂との「デュオ・プリマ」での演奏も2曲収められている。 「小学生のときから彼女とは一緒に弾いていますが、CDデビューしてから16年が経ちます。音楽的な言語が共通で、お互いに遠慮しないでものが言えるのがいいですね(笑)。ヴァイオリン2本で弾くモーツァルトの『トルコ行進曲』は、何十回も弾いてきた自家薬籠中の曲で、原曲に私たちのアレンジも施してオリジナリティを出しています」 このアルバムには20年という時間に対する思いが込められている。 「20年が、子どもの頃から一緒に弾いていた神谷との共演も入れて、過去から繋がる一つの重要なポイントであると感じられると同時に、若手の實川さんとの共演によって、未来への道筋を描くようなものにしたいと思いました。 小品は軽視されがちなのですが実は大曲以上に難しいのです。学生の頃はレッスンで小品を習うことはありませんし、大人になってから取り組んでみて、とても大変だと感じます。エッセイみたいに、短い中でどう起承転結をつけるかが難しい。このアルバムは初心者にも聴いてもらいやすいと思いますし、普段はクラシック音楽を聴かない方にも、クラシック音楽を親しむきっかけになれば嬉しいです。広く多くの方に聴いていただきたいですね」 11月13日に行う、記念リサイタルの演目はブラームスのヴァイオリン・ソナタ全曲だ。 「ブラームスは10代、20代の頃から取り組んできました。江藤俊哉先生のレッスンでは、先生がピアノを弾いてくださいましたし、オイストラフ先生にも習っています。2人の先生の書き込みがたくさん入った譜面がありますが、今は、もう1回、ボウイングも含めて、まっさらな楽譜で一から自分で考えてみたいと思っています。というのも、今は自分の音楽をやりたいと思いが強いからなんです。ブラームスのソナタ全曲を一度に弾くというのは私の人生で初めてで、節目の年に取り組むには相応しいと思っての選曲です。最近、ブラームスの音楽には身につまされることが多くて(笑)、年齢を重ねるにつれて彼の音楽が自分に近くなっていますね。ピアノの練木繁夫さんは、前回のリサイタル『1920年代のパリを取り巻くプログラム』での共演がとても上手くいったので、今回もお願いしました」 さて、これまでの演奏活動の特別な思い出としては、20代後半の頃に、地域創造の事業に参加し、地方を巡っていた時のことをあげる。 「福岡県筑後市で、公園のクスノキの前で弾いてほしいというリクエストがありました。すごく天気の良い日に小学2年生の子どもたちと散歩をして、樹木医さんの話を聞きながら、クスノキのたもとで弾いていたら、子どもの一人が『風と共演しているみたい!』と言ったのです。この言葉にハートを射抜かれ、それがきっかけでこうした活動に熱い思いを込めてやるようになりました。活動を始めて2年目のことでした」 できるだけ多くの人々にクラシックの良さを伝えたいという思いは、今なお続いている。 「今後は自分が培ってきている、ソロ活動、オーケストラとの共演、室内楽、アウトリーチ、ラジオ、執筆など、それぞれの枝を太くしていきたいです。40代だからこそ、できることにじっくりと取り組みたいと思っています」Prole桐朋学園大学卒業後、ブリュッセル王立音楽院首席修了。マリア・カナルス国際コンクールほか国内外のコンクールで入賞。宮崎国際音楽祭への参加、テレビ・ラジオ出演も多く、現在FMヨコハマ『礒絵里子のSEASIDE CLASSIC』のパーソナリティを務める。ソロ活動の他、デュオ・プリマやアンサンブルΦ(ファイ)など多彩な演奏活動を展開。真摯な演奏への取り組み、確かな技量に基づいたヨーロッパ仕込みの洗練された感性には定評があり、「気負いのないしなやかな活動ぶりが、クラシック音楽シーンで着実に存在感を放っている」など各媒体で高く評されている。

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