eぶらあぼ 2017.11月号
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194に観客とゆっくり握手していくのも、親密さというよりは永遠の別れを思わせた。 そんなオハッドも、二人目のパートナーとなるエリ・ナカムラと出会い、愛娘ノガが生まれ、再び旺盛なエネルギーをとり戻す。「愛の奇跡」だ。エリはカナダのバレエ団で活躍していたダンサーで、美しく踊る姿は映画でも見られる。そして映画終盤の、「リハーサルをしているエリ、ママがいなくて遠くで泣いているノガ、リハを続けようとするオハッド」のシーンが特にいい。エリはオハッドを振り切って、憤然とスタジオを出て、泣いている娘のもとへ向かう。取り残され、悄然と座るオハッド。映画全編を通してスーパーマンのように描かれてきた彼が、ここでは一人の「ただの男」としての顔を見せるのだ。 ……と胸を打たれた後、とんでもないセリフが流れる。オハッド自身の声で「これからもカンパニーのダンサーとの恋愛はあると思うが」とぬかすのである。あれちょっとオッさん「愛の奇跡」どこいっちゃった? 「ただの男」だからって浮気宣言ってオイ。 というね。ダンスで感動させつつ、ちゃんとツッコミどころも用意してくれている映画なのである。 そして最新情報だが、オハッドは今季限りで芸術監督を退くと発表があった(舞踊団の創作は続ける)。10月末からは埼玉・名古屋・滋賀・北九州でバットシェバ舞踊団公演『ラスト・ワーク』があるが、これは芸術監督として最後の来日になるんで、見逃すな!第37回 「天才振付家が『ひとりの男』に戻った結果・・・」 本号が出る頃、日本各地で映画『ミスター・ガガ心と身体を解き放つダンス』が公開されるはずだ。これは今世紀最大級の振付家オハッド・ナハリンのドキュメンタリーである。イスラエルはいまや世界に冠たるダンス大国で、彼はその立役者なのだが、貴重な作品映像をたっぷり見られる希有な機会だ。そこで20年間イスラエルに通って見続けているオレから、映画の理解がさらに深まるエピソードをいくつか紹介しよう(多少ネタバレを含む)。 映画には出てこないが、NY時代の師ともいえるのが平林和子。ジュリアード音楽院やグレアム・スクールなどで教える実力者で、昨年逝去したときには米国でも大きく報じられた。オハッドに目をかけ、彼が創作を始めたのも彼女が持っているスタジオでだった。彼女は晩年ALSを患っていたので、その姿を見せたくなかったのかもしれない。 オハッドが2003年から05年の3年間、バットシェバ舞踊団の芸術監督を退いていたことも、映画には出てこない(創作は続けていた。代わりに芸術監督を務めたのが、メインダンサーだった稲尾芳文)。この頃は毎日のようにイスラエル国内で自爆テロが起こり、国際世論はパレスチナ問題でのイスラエル政府の対応を非難していた。その矛先はバットシェバ舞踊団にも向けられ、オハッドは公演先でボイコットや抗議運動に遭う。そして追い打ちをかけるように最愛の妻のマリ・カジワラが病没してしまったのだ。 引退中に創っていた作品には、濃厚に死の影が宿っていた。本映画中に出てくる作品『マモートット』は「マンモス」のことで、絶滅した種である。ここでは、日本の歌(フラワーカンパニーズ『YES, FUTURE』やヤプーズ(戸川純)『急告』など)が使われる。長方形に四角く囲んだ客席は墓穴を思わせ、ダンサーに白い粉がまぶされているのは、腐敗ガスを抑えるため石灰をかけられた死体のよう。ダンサーが最後Proleのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。うまい酒と良いダンスのため世界を巡る。http://www.nori54.com/乗越たかお

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