eぶらあぼ 2017.10月号
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86白石敬ひろこ子(ソプラノ)デビュー50周年の記念にライフワークのドイツ・リートの名作を取材・文:室田尚子Interview 日本人初のウィーン国立歌劇場専属歌手となり、その後はバルセロナ、ジュネーヴ、プラハなどヨーロッパの主要歌劇場で活躍してきた日本を代表する国際的オペラ歌手白石敬子が、この10月、デビュー50周年を記念するリサイタルを紀尾井ホールで開く。プログラムは、オペラとともに白石の大切なライフワークであるドイツ・リートが中心となっている。ピアノは室井摂。 「今回のプログラムは、どれも私にとって思い出のあるものですが、特に強く歌いたいと思って選んだのは、ヴォルフの『ミニヨンの歌』です。この作品は、ウィーン国立音楽大学のリート・オラトリオ科の卒業試験で歌った曲。実は、在学中に夫の白石隆生と1年間練習を積んできたのですが、最後の公開試験で夫の伴奏が叶わず、指導を受けていたドイツ・リートのピアノ伴奏の権威であるエリック・ヴェルバ教授とのぶっつけ本番の演奏になった、といういわくつきの曲です。その後、日本で録音もしましたし、機会があるたびに歌ってきました」 ウィーン時代から苦楽をともにした夫・白石隆生氏は、2年前に急逝した。 「夫とはまったくのゼロからスタートして、半世紀近くも二人三脚で歩いてきました。夫婦というより“相棒”なんです。その夫を亡くして、どうしたらいいかわからないほどでしたが、50周年のリサイタルをやるというのは夫と交わした最後の約束でもあるので、ぜひ成功させなければと思っています」 最愛の伴侶を亡くし、さらに自身はこの10年、がんと闘い続けている。それについては6月に発売されたCDブック『ウィーン わが故郷(ふるさと)の街』をお読みいただきたいが、闘病生活を送っているとは思えないほどの明るさとパワーは一体どこから湧いてくるのだろう。 「何より大切なのは、気力で負けないこと。そして目標を持つことです。初めて手術をしたとき3ヵ月は歌ってはいけないと言われ、その間に声楽家としての今後を考えました。これまではエネルギーに任せて歌ってきたけれど、これからは体を大事にしながら歌っていかなければなりません。そのためにどう声をコントロールしていくか、構想を練ったんです。おかげで手術の後の方が声がきれいになった、という評価もいただいています」 これまでに開いたリサイタルは、国内外あわせて200回以上。今回のリサイタルはまさにその集大成といえる。 「リートには歌い手の人生や思想が表れます。同じ曲を歌っても、20年前と今とでは表現がまったく違う。今回、50年をかけて育んできた完成品を用意したという自信はあります」 今回、前記のヴォルフのほかにもシューベルトやR.シュトラウスなどの名曲や、「日本のステージでは初めて」となる日本歌曲もとりあげるという。 ウィーンで育まれ、世界で大輪の花を咲かせた音楽家・白石敬子が到達した境地を、ぜひ堪能したい。イリヤ・ラシュコフスキー(ピアノ)ダイナミックにして繊細な感性に彩られたピアニズム文:長井進之介 ロン=ティボー国際音楽コンクール第2位、ルービンシュタイン国際ピアノコンクール第3位、そして浜松国際ピアノコンクール優勝と、名だたる国際コンクールで上位入賞を果たし、着実なキャリアを重ねてきたイリヤ・ラシュコフスキー。彼は減衰楽器であるピアノで歌うような表現をその特長の一つとする「ロシアン・ピアニズム」を身につけて、繊細さと大胆な表現を巧みに切り替え、スケールの大きな音楽を作り上げていく。そうして生み出される演奏は作品のもつ本来の美しさを丁寧に10/14(土)14:00 ヤマハホール問 ヤマハ銀座ビルインフォメーション03-3572-3171http://www.yamahaginza.com/hall/導き出しながら、随所に新しい魅力の輝きを加えていくのである。 今回は、彼が得意とするショパンのソナタやバラードに、リストの「巡礼の年」からの1曲やロ短調ソナタというプログラム。作品のドラマ性、精神性を力強く浮き上がらせていく彼の巧みな表現力をとことん堪能できるだろう。親密な空間の中で音が豊かに響いていくヤマハホールで、自在に変化していくラシュコフスキーの奏でる音色を存分に味わいたい。デビュー50周年記念 白石敬子 ソプラノ・リサイタル10/21(土)14:00 紀尾井ホール問 カメラータ・トウキョウ03-5790-5560http://www.camerata.co.jp/CDブック『ウィーン わが故郷(ふるさと)の街/白石敬子・白石隆生』カメラータ・トウキョウCMBK-30005¥2500+税

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