eぶらあぼ 2017.10月号
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38 プロジェクトとは未来(pro)に向けて投げかける(ject)行為をいう。長いスパンをかけて、全体像をじわじわと浮き彫りにしていくプロジェクト企画は、ピアニスト小菅優の得意とするところだ。2010年から6年かけてベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏会を実現し、現在も『ベートーヴェン詣』と称してソロのみならず室内楽や歌曲作品に取り組んでいる。そんな小菅が、新機軸のプロジェクトをスタートさせる。『Four Elements』――水・火・風・大地という「四元素」を切り口として、これまでにないプログラミングで小菅の新しい顔、新しい音楽性を開示してくれるシリーズだ。17〜20年まで4年にわたるコンサート企画である。 「今回のプロジェクトは作曲家を主軸としてきたこれまでのコンセプトとは違い、私が以前から大切に思っている『自然』、そして人間にとって不可欠な存在である『四元素』をテーマとし、人間とは何か、人生とは何かを考えるきっかけを提示できればと考えました。これまではベートーヴェンの作品を通じてそれを考えてきましたので、コンセプトとしては継続性がありますが、このシリーズではさまざまな作曲家たちの名曲や、あまり知られていない作品も取り上げます。『水』と『火』ではまったく違うキャラクターの作品が並び、『風』や『大地』についてもファンタジーに溢れ、絵画的であるばかりでなく『生と死』、『愛』、『時間』といった概念につながる作品をご紹介したいと思っています」 Vol.1の今年は「Water」、水にまつわる作品を取り上げる。前半のメインは「舟歌」。メンデルスゾーンの「舟歌」3曲と、それと同じ調性のフォーレの「舟歌」3曲を並べる。 「ヴェニスの船頭が素朴に歌っているようなメンデルスゾーンの舟歌から、限りない色彩と感情に溢れた繋がりを感じさせるフォーレの舟歌へ、という流れを考えました。実はフォーレ作品に取り組むのは今回が初めてです。特に後期作品には天に向かうような宗教的な美しさを感じます。 フォーレの後にはラヴェルの『水の戯れ』を演奏します。ラヴェルはフォーレの教え子ですが、フォーレは学生たちの前で『君ら生徒の中に、こんな素晴らしい作品を書いた者がいる』とラヴェルのこの曲を賞賛したそうです」 前半の締めくくりはショパンの「舟歌」だ。 「私にとってショパンの魅力はセンチメンタリティにあるのではなく、オーケストラ的な構成力や、バッハの影響によるポリフォニーの構築力にあります。『舟歌』には川から海へと規模が広がる“男らしさ”を感じます」 後半は武満、リスト、ワーグナー作品だ。 「武満の『雨の樹 素描』は、古い樹木が人々の過去を映し、その葉先から水滴が流れるという神秘的な世界。人間の生きた時間と水の描写という両面を表現したいです。 リストの『エステ荘の噴水』は豊かな水の流れを感じさせます。水の流れには『永遠』という意味があり、この曲はリストの宗教的な一面をのぞかせます。『バラード第2番』は、ギリシャ神話の『ヘロとレアンドロス』という悲劇に基づいているという説があります。半音階的な音型は海の姿を表現しています。青年ヘロが恋するレアンドロスに会うために毎日海を泳いで渡り、溺れ死んでしまいますが、最後は2人の魂がひとつに変容します。 ワーグナー(リスト編)の『イゾルデの愛の死』はもっとも美しい作品の一つ。直接水とは関わりはありませんが、もとの楽劇は船上が舞台となり、またイゾルデの詩には『愛のさざ波』といった言葉もあります。リストとワーグナーは互いに影響しあっており、こちらも半音階が多用されています」 すでに火・風・大地の選曲も進み、小菅が05年にザルツブルクで初演した西村朗作品「カラヴィンカ」や、ベートーヴェンの珍しい作品などもラインナップされている。 ミュンヘン郊外の自宅の横は大きな森で、散策するのが日課だという。「人間的にも、生き方としても、自然であることを心がけたい」と静かに語る小菅。彼女の人間性=音楽性を彩り豊かに伝えてくれるシリーズになりそうだ。新しい音楽性を開示する意欲的なプロジェクトがスタート取材・文:飯田有抄 写真:藤本史昭Information小菅 優 ピアノ・リサイタルFour Elements Vol.1 Water11/18(土)15:00 福岡/FFGホール問 NASAコーポレーション092-714-272711/24(金)19:00 大阪/いずみホール問 いずみホールチケットセンター06-6944-118811/30(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール問 カジモト・イープラス0570-06-9960他公演 11/26(日)所沢市民文化センターミューズ アークホール(04-2998-7777)http://www.kajimotomusic.com/

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