eぶらあぼ 2017.10月号
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37 今年85歳を迎えたロシアの巨匠フェドセーエフ。彼は今秋、手兵チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ(旧モスクワ放送交響楽団)を率いて来日する。同楽団の芸術監督及び首席指揮者となって43年。これは、昨今のオーケストラ界では異例の長さだ。まずその秘訣を尋ねると、彼はこう答えた。 「一番の秘訣は“愛”です。音楽に対する愛、メンバーに対する愛、国に対する愛…。愛さえあれば続けられます」 この間、オーケストラとの関係も変化した。 「最初は自分が一番若く、メンバーは皆年上なので大変でした。でもムラヴィンスキー(フェドセーエフを認めた恩人)や、国の指導者たちの支えもあって活動を続けることができ、楽団員と一緒に成長してきました。そして今は皆が“家族”です」 ソ連崩壊に伴うオーケストラ界の混乱を経てなお、不変の活動を続けている点も特筆される。 「同楽団も放送局の所属ではなくなりましたが、文化省のトップが支援してくれたこと、その後“チャイコフスキー”の名前をもらったことで活動を維持できました。この名をいただけたのは、チャイコフスキー博物館や愛好家たちの要望を、国際的な評価が後押ししてくれたからです。それには、『悲愴』交響曲等の演奏に対する大阪のザ・シンフォニーホールからの表彰も含まれています」 現在の同楽団の特徴は、「人間の声に近いサウンド」だという。 「温かく、心が豊かで、人声のようなサウンドは、私の生涯の目標でもあります。世界中に高い技術をもったオーケストラが存在していますが、チャイコフスキー響は、ラジオの放送を聴いてもそれとわかります」 今回のツアーも、オール・ロシアもの。「悲愴」交響曲をはじめとするチャイコフスキー作品やショスタコーヴィチの交響曲第5番など、名曲が並んでいる。その中にあって、彼らが日本で演奏するのは珍しいラフマニノフの交響曲第2番が目を引く。 「ラフマニノフは民族的な作曲家で、ロシアに対する熱い思いが溢れています。彼は亡命しましたから、望郷の念も強かった。それを日本の皆さんにより深く知ってもらいたいとの気持ちで選びました。本作では、彼のロシアへの愛を聴いて欲しい。亡命前に書かれた曲ではありますが、特に第2楽章に祖国への思いがよく表れており、彼はそこで涙を流しています」 チャイコフスキーに関しては、こう言い切る。 「チャイコフスキーは私自身であり、彼のもっている感情は、私自身の感情だと思っています」 本演目の中でも注目は、かつてCD発売時に話題となった「悲愴」第4楽章のテンポだ。 「チャイコフスキーの原譜は『アンダンテ』なのに、誰かが『アダージョ』に書き換えた。それを教えてくれたのは日本人です。でも私は以前からアンダンテで演奏していました。スコアを見て、そちらが自然だと感じていたからです。アダージョで演奏すると大げさなフィナーレになりますが、アンダンテでは“秘めたる思い”になります。最後の感情が違ってくるのです」 なおチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲のソロは、人気抜群の三浦文彰。初共演のマエストロに触発されてのパフォーマンスが楽しみだ。 さらには歌劇《エフゲニー・オネーギン》(演奏会形式)(11/9)も要注目。 「我々のモスクワでの演奏を聴いた日本のスタッフも感激していました。この曲はロシアの国民的作品。しかも作曲者自身がオペラではなく『叙情的場面』と名付け、学生たちによって初演された、“青春”色が濃い内容です。今回の歌手陣は、頻繁に共演しているボリショイ劇場のソリストたち。日本とロシアの文化交流年(2018年)に先駆けて、日本の合唱団(新国立劇場合唱団)とも共演します」 以前同コンビが日本で披露した歌劇《イオランタ》の素晴らしさから、今回も期待は大きい。 それにしてもマエストロは、すこぶる元気。この5月のN響客演でも、終始立ったまま精力的な音楽を聴かせた。 「元気の源は“妻”です(笑)。あと、指揮をすると音楽の中に入り込んで、指揮者であることさえ忘れています」 「日本が大好き」な彼は、「ラフマニノフの『鐘』をぜひ演奏したい」とまだまだ意欲十分だが、まずは今秋、“家族”との以心伝心の名演を満喫したい。チャイコフスキーは私自身だと思っています取材・文:柴田克彦

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