eぶらあぼ 2017.10月号
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俊英指揮者が読み解く“人生のあり方”とファンタジーの世界取材・文:山田治生 写真:中村風詩人 川瀬賢太郎が2014年4月に29歳の若さで神奈川フィルの常任指揮者(当時の国内最年少常任指揮者)に就任してから、3年が過ぎた。川瀬の活躍は高く評価され、常任指揮者としての契約が20年3月まで延長された。 「無我夢中の3年間があっという間に過ぎました。常任指揮者という仕事が初めてで、経験値ゼロからのスタートでした。神奈川フィルの何かを変えようとは思っていませんでしたし、今も思っていません。“音楽ファースト”の考えで、3年、5年経って、振り返ったとき、ちょっとずつ良くなっていればいい。常任指揮者になって、音楽を通じてオーケストラと一緒に伸びていこうと思いました。神奈川フィルのお客さまの温かさは一番です。お客さまもオーケストラの一員として支え、盛り上げ、叱咤激励してくださる」 そんな川瀬が10月の定期演奏会で、武満徹の「系図」とR.シュトラウスの「英雄の生涯」を取り上げる。 「定期演奏会のプログラムを考えるときは、曲の組み合わせや関連性を大事にします。前の曲に触発されて後の曲が違って聴こえるというように、お客さまの耳を刺激できればと思います。10月は、2作品とも、歴史や家族というテーマで共通しています。『系図』には“私”という存在の歴史があり、『英雄の生涯』には比較的若い頃のシュトラウスから想像上の“引退”までが描かれています。ともに時系列的な発想ですが、内容はかなり違う。『英雄の生涯』は、まず単純にカッコいい。そしてオーケストレーションやハーモニーが素晴らしい。人間描写が生々しくリアリティにあふれていて、想像がつきやすい。それに比べて『系図』は、はっきりとした答えはないけれどぼんやりとわかるかもしれないという感じです」 「系図」では、若手女優の唐田えりかが語りを務める。 「『系図』の語りについて武満さんは、『10代半ばの少女が望ましい』という言葉を残しています。谷川俊太郎さんのこの詩は、33歳の僕でさえよくわからないところがあり、それが良いのだと思います。唐田さんという20歳の一人の女性が、よくわからないけどメッセージを読み取ろうとしている。大人は経験によってわかるかもしれない。若い人と大人では見えている景色が違う。そこに彼女が朗読する意味がある。リスナーそれぞれの生きてきた経験によって受け取り方が違う詩だからこそ、音楽会にふさわしいと思うのです」 『英雄の生涯』のソロは、第1コンサートマスターの﨑谷直人が弾く。 「お互い神奈川フィルに入って4年目です。﨑谷さんは僕の2歳下ですが、恐れ入りましたと思うくらい素晴らしい音楽家です。ハーモニーに対する感覚など凄い才能の持ち主です。彼は以前から、一度は『英雄の生涯』のコンサートマスターをやってみたいと言っていました」 12月の定期演奏会では、ソロ・コンサートマスターの石田泰尚が『シェエラザード』の独奏を務める。 「ドヴォルザークの序曲『オセロ』、スークの『おとぎ話』、リムスキー=コルサコフの『シェエラザード』というプログラムは、すべて物語がテーマとなっていますが、裏テーマとしてコンサートマスターというのもあります。『おとぎ話』は心から素晴らしい作品だと思いますし、あの曲のヴァイオリン・ソロは石田さんに合っています。お会いする前に、石田さんは怖い人だと思っていましたが(笑)、実は繊細で、誰よりも早く練習場に来てヴァイオリンを弾いているくらいの努力家です。石田さんの弾く『シェエラザード』を目当てに来た人に、スークの『おとぎ話』もコンサートマスターの活躍する良い曲なんだと知ってもらえれば、うれしいですね。 『シェエラザード』はリムスキー=コルサコフのオーケストレーションが上手く、色彩的です。毎回、物語の扉を開けるのがハープというのも素敵です。ハープがアルペジオでバランと弾くとハッと世界が変わります。そういうファンタジーに魅力を感じます」 物語性に富んだ10月、12月の定期演奏会がとても楽しみ。そして神奈川フィルの誇る2人のコンサートマスターにも注目である。Prole1984年東京生まれ。2007年東京音楽大学卒業。指揮を広上淳一、汐澤安彦等各氏に師事。06年東京国際音楽コンクール<指揮>において1位なしの2位(最高位)に入賞。以来各地のオーケストラから招きを受け、近年はオペラでも注目を集める。現在、神奈川フィル常任指揮者、名古屋フィル指揮者。15年渡邉暁雄音楽基金音楽賞、16年齋藤秀雄メモリアル基金賞、出光音楽賞、横浜文化賞文化・芸術奨励賞の各賞を受賞。東京音楽大学作曲指揮専攻(指揮)特任講師。

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