eぶらあぼ 2017.9月号
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31ベジャールの精神を継承し、そして未来へ!取材・文:上野房子 写真:吉田タカユキ 20世紀のバレエに大きな変革をもたらした振付家モーリス・ベジャールが他界して10年の節目を迎えた今年、彼がこよなく愛した日本でも、故人を偲ぶ種々の公演が執り行われる。その開幕を飾るのが、3年ぶりに来日するモーリス・ベジャール・バレエ団(BBL)が上演する『魔笛』。ベジャール亡き後のBBLを率いる芸術監督ジル・ロマンが今年6月にリニューアル上演した、ベジャールの全幕作品である。 「3人の童子やパパゲーノなど、ダンサーとして幾つもの役を踊った作品ですが、今回、改めて台本を読み返し、振付を見つめ直しました。その作業自体が、モーリスと向き合う、素晴らしい旅のような時間でした。オペラの音楽から何ものも取り除かず、何ものも加えず、全曲をまるごとバレエ化できる稀有な振付家だ、と改めて痛感しました」 リニューアルするにあたり、衣裳や照明は改訂したが、ベジャールのオリジナル振付には手を加えていないという。 「モーリスは、初演後もその時々に出演するダンサーに合わせて振付を変えることがありました。それらの変更を取り除き、構成を明確にし、作品本来の香りを立ちのぼらせ、現代という時代に相応しい上演を実現させる。それがリニューアルという仕事なのです」 ベジャール作品がロマンのリニューアルを経て新鮮さを保つように、バレエ団も新陳代謝を続け、現団員の大半はベジャールを知らない世代になった。彼らにベジャールの遺志を伝えることは、ロマンの大切な任務だ。 「長い間、彼の身近で仕事をしてきた私は、彼から学んだことを若い世代のダンサーに伝える大任を担っています。私の知識と経験と愛情を、ダンサー達と分かち合います。彼らには、作品を知り、その作品に込められたモーリスの思いを知り、その役をどう踊るべきなのかを見出してもらいたい。彼らは素晴らしい資質の持ち主ですから、日本の観客の心を強く揺り動かすパフォーマンスを見せてくれることと思います」 今日のBBLは、生前のベジャールが構想していた通り、ベジャールが遺した作品とともに、現役振付家による新作の上演にも力を注いでいる。日本公演Bプロにお目見えする『兄弟 Kyôdaï』は、伝奇作家ホルヘ・ルイス・ボルヘスの短編小説に想を得たロマンの近作。オフステージでも兄弟のように親しい那須野圭右と大貫真幹を主役に起用し、音楽には三味線デュオの吉田兄弟が演奏する楽曲や美空ひばりが日本語で歌うエディット・ピアフの代表曲「ラ・ヴィアン・ローズ(バラ色の人生)」が選ばれた。原典の舞台はアルゼンチンだが、本作は日本人アーティストを介して成熟していったわけだ。 「スタジオで(那須野)ケイスケと(大貫)マサヨシと一緒に振付のスケッチをしていたところ、そこに一人の女性を加えたら何かが生まれるのではないか、というアイディアが浮かびました。兄弟が一人の女性を共有する、ボルヘスの『侵入者』のように。美空ひばりの歌に出会ったのは、必死に曲探しをしていた時のことです。一瞬で魅了され、ラストの特別なシーンに使うことにしました。彼女の声には、聴衆を愛撫するような優しさが満ちているのに、とても残酷な行為がそこで繰り広げられる。スイスやフランスで上演した時も、歌と眼前の光景との落差に観客は衝撃を受けていたようです。そう、人生はいつもバラ色だとは限らないのです」 ベジャールの命日でもある11月22日と翌23日には、BBLと東京バレエ団が特別合同ガラを行う。前半はジル・ロマンが昨年12月に発表した、祝祭感溢れる『テム・エ・ヴァリアシオン t’M et variations...』。原題の“M”は、もちろん、ベジャールのイニシャルだ。後半は『ヘリオガバル』『バクチⅢ』をはじめとするベジャール作品撰集『ベジャール・セレブレーション』で、東京バレエ団のダンサーも出演する。 「ベジャールと大切な絆で結ばれた東京バレエ団のダンサーと共に、アニバーサリーを祝います。彼はBBLの団員や付属スクールの生徒を自分の家族、と呼んでいました。“東京の子ども達”が参加できるように、他都市では上演しなかった場面を新たに加えます。このガラは、いうなればモーリスの子どもであるダンサー達の現在の様子を見てもらう場です。今を生きるダンサーの体を使って、彼への愛を綴る日記なのです」Prole1979年に20世紀バレエ団に入団。『未来のためのミサ』で主役に抜擢され注目される。『ディブク』『ハムレット』『ニーベルングの指環』『中国の不思議な役人』『バレエ・フォー・ライフ』ほか多くの作品で活躍。その陰影ある演技とシャープなダンスは強烈な磁力を放った。2007年、モーリス・ベジャールの死去にともない、12月からモーリス・ベジャール・バレエ団芸術監督に就任。『衣は僧を作らず』を皮切りに振付を発表。『ベラについての考察』『アリア』『シンコペ』等を成功させた。

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