eぶらあぼ 2017.9月号
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153ホールの“値段”と政治 現在ドイツでは、公共のコンサートホール、劇場の建築・改修費用が議論の的となっている。ハンブルク州が建てたエルプフィルハーモニーは、当初7,700万ユーロ(約99億円)の費用で構想されていた。しかし実際に掛かったのは、10倍以上の7億8,900万ユーロ(約1,017億円)。一方、10月に再開場するベルリン国立歌劇場の場合、ベルリン州では2億4,000万ユーロ(約309億円)の費用を計上していた。しかしこちらも、結果的に4億ユーロ(約516億円)が掛かっている。まず、金額が莫大なことに驚かされるが、それ以上に呆気にとられるのは、予定されていた数字が大幅にオーバーすることである。 どうしてこういうことになるのか。ひとつの理由は、防災上の建築基準が厳しくなったことだと言われている。設計時には緩かったものが、実際に建てる段階で急に厳しくなるため、大幅な改変が必要になった、というのだ。これは、(開港が遅れている)ベルリン・ブランデンブルク国際空港にも当てはまることで、事実らしい。エルプフィルハーモニーでは、その他の安全上の理由による変更、ベルリン国立歌劇場では、地下から中世の遺跡が出てきたことが、経費をさらに増幅させている。 それにしても10倍の予算超過とは、常軌を逸すると言わざるを得ない。業界関係者の間では、本当の理由は“政治”だとされている。上述の通り、これらの建物は地方公共団体の持ち物である。税金を使って建てたり、改修したりする場合、当然議会の決議を得なければならないが、通せる金額には限Profile城所孝吉(きどころ たかよし)1970年生まれ。早稲田大学第一文学部独文専修卒。90年代よりドイツ・ベルリンを拠点に音楽評論家として活躍し、『音楽の友』、『レコード芸術』等の雑誌・新聞で執筆する。近年は、音楽関係のコーディネーター、パブリシストとしても活動。界がある。そのため現実的な値段ではなく、議会を納得させられる数字を示して、何とか通すのである。エルプフィルハーモニーの場合は、州がどうしても建てたかったため、無理なバジェットを押し通した、というのが真相。ベルリンの場合は、舞台機構が倒壊寸前で、早急に改装しなければならなかった、という背景がある。つまり政治家は、予定経費では建たないことが、初めから分かっているのである。 とはいうものの、さすがに当初の10倍は予想していなかっただろう。不思議なのは、オーバーした場合に、誰も責任を取らないことである。こうしたプロジェクトは、数年から10年越しになるため、決定をした政党ないし政治家が、問題が起きた時点でそのポストにいるわけではない。その結果、責任の所在が不明確になる。もっとも、経費が膨れ上がる背景には、「いくらかかっても、自分のお金ではないので関知しない」という体質があるのかもしれない。民間企業ならば、帳尻が合わなくなった段階で、何らかの抜本的改変(あるいは建築ストップ)をするところだが、そうならないのは、赤字は州のお金でカヴァーされる、という暗黙の了解があるからだろう。城所孝吉 No.14連載

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