eぶらあぼ2017.8月号
155/191
162オペラのケータリング〜ケーファーとダルマイヤーの熾烈な戦い ドイツで一番華麗なオペラハウス、バイエルン国立歌劇場の名物は、上演や建物の美しさだけではない。休憩時間の食事の多彩さ、豪華さも、他の劇場を凌ぐレベルにある。とりわけ人気を博しているのが、熱いフランボワーズ・ソースがかかったバニラアイス。これは何十年も前からあるメニューで、夏のオペラ祭の折に、夜9時を過ぎても明るい空を眺めながら食べると、いかにも「ミュンヘンに来た!」という気分になる。ところが、そのケータリングを担当していたケーファーが、今シーズンからダルマイヤーに取って代わられることになった。これは現地では、新聞が大きく報じるほどの“大事件”である。 ケーファーと言えば、日本でも銀座をはじめとする三越に入っているので、名前をご存知の方も多いに違いない。ミュンヘンでは、プリンツレゲンテン劇場のそばに本店があるが、ドイツ、いやヨーロッパ有数のデリ・ショップと言える。ハムだけでなく、オードブル、メインディッシュ、デザートのあらゆるものを、店頭で売る「一店だけのデパ地下」。一方ダルマイヤー(日本ではコーヒー、紅茶が有名で、大阪・中之島には旗艦店があるが、ミュンヘンではデリ全般を扱っている)は、ケーファーの宿敵である。本店は、マリーエン広場からオペラへ向かう途上に位置し、こちらも“グルメの殿堂”と呼ぶべき威容を誇る。キャビア、オマール海老、フォアグラといった高級食材で作られた料理がずらりと並び、店に入っただけで圧倒される。 ミュンヘンでは、両店が長年熾烈な戦い(?)を繰り返してきたが、オペラのケータリングと言えばケーファーと決まっていた。それがなぜダルマイProfile城所孝吉(きどころ たかよし)1970年生まれ。早稲田大学第一文学部独文専修卒。90年代よりドイツ・ベルリンを拠点に音楽評論家として活躍し、『音楽の友』、『レコード芸術』等の雑誌・新聞で執筆する。近年は、音楽関係のコーディネーター、パブリシストとしても活動。ヤーに変わったかと言うと、劇場がバイエルン州の運営による公共施設だから。ケータリング業者も5〜7年毎に一般公募があり、最も条件の良いところが選ばれる。とはいうものの、これまでは実質的に世襲制で、ケーファーは1950年代から60年間にわたって国立歌劇場を我がものとしてきた。しかし今回、2009年に初めて公募に参加したダルマイヤーが、予想を裏切って勝利。ケーファー社長のミヒャエル・ケーファーは、「私の人生最大の敗北のひとつ。祖父の代から大事にしてきた店であり、我が身の一部を捥がれたようなもの」と苦々しく語っている。 まあ、そりゃそうでしょう、という感じだが、たとえ半世紀以上「自分の店」にしてきたとは言え、公共の施設を私物化するわけにもいかないだろう。それはともかく、お客さんにとっての最大の関心事は、「私のフランボワーズ・アイスはどうなるの?」ということである。しかし、心配は要らない。劇場側は、チェンジが決まった直後、不安になった聴衆をなだめるように「定番となったメニューは残す意向」と発表した。昨年9月にダルマイヤーによる新体制が始まった後、筆者はまだ現地に行っていないが、次の機会にはそれが実現したのか、しかと見届けたいと思う。城所孝吉 No.13連載
元のページ
../index.html#155