eぶらあぼ2017.5月号
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28ダン・タイ・ソンDang Thai Son/ピアノシューベルトの最後のソナタは私にとって大きなチャレンジです取材・文:飯田有抄 写真:中村風詩人 柔らかな音色と詩的な音楽作りによって、ピアノという楽器から最も美しい響きを引き出すダン・タイ・ソン。ベトナム生まれの彼が、東洋人として初の優勝を飾ったショパン国際ピアノコンクールから、早くも37年もの月日が流れた。この間にダン・タイ・ソンは、「ショパン弾き」としての人気を不動なものにしながら、2008年にはブリュッヘン指揮18世紀オーケストラとの共演で、1849年製のエラール・ピアノによる協奏曲のライヴ・レコーディングを発表するなど、新たな試みによって作品解釈を深めてきた。 そんなダン・タイ・ソンが、6月からスタートさせる日本ツアーに期待が高まる。というのも今回ダン・タイ・ソンは、日本で初めてシューベルトのピアノ・ソナタを披露するのだ。それも作曲家が最期に残した第21番D960という、30分〜40分を要する大作である。 「シューベルトは妥協しない作曲家です。彼の音楽はエンターテインメントではありません。目を見張るような派手さもなければ、奏者が技巧をひけらかす場面もない。聴衆にとっては、一見魅力的な作品とは映らないかも知れません。しかし昨今になってようやくその真価が認められ、この長大な第21番のソナタも、音楽史上で際立つ名作として知られるようになりました。私自身もようやく、この作品を演奏する準備ができました。言うまでもなく今回のリサイタル・プログラムでは一番重要で、私にとっても大きなチャレンジです。自分の持つすべての知識や感性を注ぎ、そして哲学的な判断をもって、やっとシューベルトの内なる世界が表現できると感じています。 彼は31歳という短い人生の中で、おそらく10代、20代の頃から深刻な人生の悩みや痛みを知っていたのでしょう。このソナタを書いて数ヵ月後に彼は亡くなります。人々に別れを告げていく。それも穏やかに。第2楽章ですでに天に昇るような音楽となり、生きること、死ぬこと、次の世界へと旅立つことを穏やかに伝えてくれます。長い作品と言われますが、日本の能に比べれば短いですよ(笑)」 コンサートは、ダン・タイ・ソン自身も「名刺代わり」と認めるショパンの演奏からスタート。「お客様の集中力を自然に喚起してくれる」という前奏曲嬰ハ短調 op.45で幕をあけ、「色鮮やかで対照的な」3曲のマズルカ(op.17-1、op.7-3、op.50-3)へと続く。「なかでも『op.50-3』はショパン後期の作であり、初期の頃の純粋に舞曲的なマズルカよりも、いっそう自由になったショパン自身のスタイルで書かれています」。冒頭の前奏曲と、このマズルカop.50-3とを結ぶのは、「嬰ハ短調」という調性。そしてそれは、スケルツォ第3番嬰ハ短調へと続く。「スケルツォでは、より壮大でダイナミックな音楽で、オーケストラのように響かせたいと思います」 ショパンに続いては、リストの「巡礼の年第1年スイス」から「ジュネーヴの鐘」、そしてパラフレーズの頂点とも言える技巧的な「ベッリーニ《ノルマ》の回想」を取り上げる。 「リサイタル全体にはコントラストが必要です。最後に演奏するシューベルトのソナタと対照的なものとして、オペラや交響曲のようなスケールのリスト作品を対置しました。『鐘』の響きの表現や、技術的な面での挑戦を自分自身に課しています」 ツアーは7ヵ所の予定。ダン・タイ・ソンが最も愛するホールの一つ、東京の紀尾井ホールでも開催される。「リサイタルでは、聴衆とのコンタクトが肌で感じられる親密な空間が理想的です。演奏中の客席の静寂には二種類あります。一つは、お客さんがお喋りせずノイズも立てないけれど、本当に聴いているのかしら? と思うような静けさ。もう一つは、お客さんが耳を欹てて聴いているのが伝わる魔法のような静けさです。紀尾井ホールには二つ目の静けさを感じます。今回もこのホールで演奏できることを楽しみにしています」

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