eぶらあぼ 2017.4月号
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33エネルギッシュでありつつ大人の表現を目指します取材・文:高坂はる香 ここ数年、名門オーケストラのツアーでソリストとしてひっぱりだこの辻井伸行。今年10月には、待望の初来日ということで注目を集めるユロフスキ率いる、ロンドン・フィル全国ツアーに参加。ラフマニノフの2番とチャイコフスキーの1番というロシアもので共演する。どちらも辻井がこれまでかなりの回数演奏してきたレパートリーだが、なかでもヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール優勝時に演奏したラフマニノフの2番は、特に演奏機会が多い作品だ。 「初めてレコーディングした協奏曲でもありますし、思い出がつまった大切な作品です。僕は一生この曲を弾いていくのだろうと思っています。遠くから鳴る鐘のような音を表現する冒頭部分は、ピアニストの腕の見せどころ。そして壮大なクライマックスは弾いていてとても気持ちがいいです。演奏しながら、どうしてこんな曲が書けるのだろうとラフマニノフの偉大さを感じてしまいます」 チャイコフスキーの1番も、8歳で初めてモスクワに行った時の記憶を蘇らせる大切な作品だ。 「弾いていると、ロシアの自然の中を歩き、草原を駆けまわったときのことを思い出します。各楽章キャラクターが異なるので、これを丁寧に弾き分け、みなさんに違いを伝えたいと考えています」 長く弾き続けている二つのレパートリー。演奏にはどんな変化があるのだろうか。 「自分が歳を重ねることによる表現の変化は、すごく感じています。二十歳くらいの時はあまり理解できていなかった、官能的な味わいというものもわかってきました。あと、デビューしたての頃は、本番で気持ちが高揚してそこばかりが出てしまう傾向がありましたが、ここ数年、冷静さを保つことができるようになりました。若々しいエネルギッシュさは保ちつつ、大人の表現を目指したいです」 演奏家としての変化を感じながら、いろいろなことに挑戦したいという気持ちを強めているという。昨年末から今年3月までの大規模なリサイタルツアーでは、初めてバッハを取り上げた。 「音楽家にとってバッハは基本です。もちろん学生時代には弾いていましたが、いつか改めてステージで取り組まなくてはと思っていました。そんな中、2013年にアシュケナージさんと共演したとき、彼が空き時間にバッハのイタリア協奏曲を練習しているのを耳にして、アシュケナージさんのような方でも、今もバッハを練習し続けているのだと考えさせられたのです。それでリサイタルツアーでは、すごく耳に残っていたこの曲を取り上げました。バロック時代の音をイメージしながら声部ごとを弾き分けていく中で、表現が広がったと思います」 演奏活動でとにかく多忙だが、ツアーの公演数が多いことは、音楽を深めるのに役立っているという。 「たまに、ステージに出るのが怖いという演奏家がいますが、僕は真逆で、いつも早く演奏したくて仕方がない。弾き始めればあっという間なので、早くステージに出て落ち着きたいんです。そして新しい表現を発見できるのは、いつでもステージの上。練習で出せなかった音が鳴らせた瞬間はとても嬉しいです。ツアーで同じプログラムを何度も演奏できると、明日はこうしようといろいろ挑戦できます。特にオーケストラとの共演の場合は、それによって反応が変わってきますから余計おもしろい。ユロフスキさんは若くすばらしい指揮者だと伺っているので、どんな音楽になるのか楽しみです」 ちなみに昨年は、ツアー先の沖縄で初めての陶芸に挑戦した。 「粘土の感触が気持ちいいし、ろくろを回して形を作っていくときの指の感覚がピアノとちょっと似ているんです。指先に集中してそっと触れないとすぐに崩れてしまう。結構うまくできていると評判で、父や祖父母にプレゼントしたら喜んでくれました」 器の写真を拝見したが、それはみごとな出来栄え! 普段ピアノからあの澄んだ音を鳴らすタッチは、意外なところでもその能力を発揮していた。Information出演:辻井伸行(ピアノ) ウラディーミル・ユロフスキ(指揮)ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 日本ツアー2017プログラムA チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番、交響曲第5番 他プログラムB ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番、      チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」 他プログラムS チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番      交響曲第6番「悲愴」 他10/6(金)19:00 福岡シンフォニーホール S10/7(土)15:00 フェスティバルホール A10/8(日)15:00 日本特殊陶業市民会館 フォレストホール A10/9(月・祝)15:00 りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 コンサートホール A10/12(木)19:00 サントリーホール A10/13(金)19:00 アクトシティ浜松 B10/14(土)18:00 ミューザ川崎シンフォニーホール B※ツアーの詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。http://avex.jp/classics/

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