eぶらあぼ 2016.12月号
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気分は明日必ず話したくなる?クラシック小噺capriccioカプリッチョ161クロークに荷物を預けるのは義務? 我々は、人間の行動はどこでも大体同じだろう、と思いがちである。しかし実際には、場所によってかなり差がある。コンサートホールも同じで、国によって随分と習慣が違うことが多い。例えばクローク。日本では、預けるか預けないかはまちまちで、決断は当人の自由だと思う。ところがドイツでは、ホールではコートや荷物は持ち歩かないのが原則である。小振りのハンドバック以外のものを携帯することは、ひとことで言えば「非常に田舎臭く見える」。通勤カバンもダメで、ましてリュックサック等は学生でもあり得ない。観光客が荷物を持って歩いていると、フロア係に「預けてください」と注意されることさえある。 これは「コンサートは特別な時間で、日常と関連したものは持ち込まない」という基本理解があるためだろう。もともとヨーロッパでは、東に行けば行くほどクロークの伝統があり、今でもロシアのレストランでは常識としてクロークに荷物を預ける。ちなみにドイツ語圏には、似たようなサービス業としてトイレ番がある。これは公共空間のトイレをキレイに保つ、というお仕事。ホールでも必ず誰かが入口で番をし、チップの小銭を集めているものである。 これに対して、イタリアやフランスのホールでは、クロークはあまり重要ではない。これはおそらく、伝統的にホールがオペラ座で、桟敷席(4〜6人用の階上個室)が中心となるためだろう。この場合、コートや荷物は自分の個室に持って行けるので、入口で預ける必要がない。とはいうものの、今日の一番高い席はたいてい平土間である。かつてパリで、Profile城所孝吉(きどころ たかよし)1970年生まれ。早稲田大学第一文学部独文専修卒。90年代よりドイツ・ベルリンを拠点に音楽評論家として活躍し、『音楽の友』、『レコード芸術』等の雑誌・新聞で執筆する。近年は、音楽関係のコーディネーター、パブリシストとしても活動。お客さんがスーパーのビニール袋まで運び込んでいるのを見たことがあるが、今でも桟敷から平土間を眺めると、コートを座席に持ち込んでいる人がちらほらいる。ドイツとの違いは、手ぶらでないのがマナー違反にならないこと。そう、ドイツでは、明らかにマナー違反になるのである。 休憩時間では、軽食やドリンクの利用方法も違っている。例えばイタリアでは、注文はまずレジで会計を済ませ、レシートをもらってカウンターで提示する。それを確認した給仕が、品物を出してくれる、というシステム。これは外国人には、ちょっと厄介である。商品を指さして「これ!」がきかないのだ。スカラ座あたりならば英語もOKだが、田舎の鄙びた劇場では、もちろんイタリア語しか通じない。会計の列とカウンターの列に2度並ぶという無駄もある。押しの強いイタリア人の間を潜り抜けてオーダーするのだから、緊張を強いられるものだ。ただ、現地の人々にとっては当たり前で、バールという町中にあるドリンク&軽食店が同じ方式なのである。面倒といえば面倒だが、郷に入っては郷に従え。地元人の習慣を楽しむのも、欧州での音楽体験の一部ではないだろうか。城所孝吉 No.5連載

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