eぶらあぼ 2016.10月号
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39深化を続けるショパン・コンクールの覇者取材・文:高坂はる香 写真:中村風詩人 2010年ショパン国際ピアノコンクールでの優勝から6年。大きなタイトルを得た後でも周囲に流されることなく、着実な歩みを進めてきたユリアンナ・アヴデーエワ。 「5年というのは長い年月ですが、去年行われたショパン・コンクールをインターネットで聴いていたら、自分が出場したときの感覚が新鮮によみがえって驚きました。会場だったワルシャワ・フィルハーモニーホールの、教会のような独特の匂いなんかも思い出したりして。なによりはっきり覚えているのは、ワルシャワの聴衆の前に立った興奮です。私は子供の頃からステージに立つ興奮が大好きでしたが、それは今も変わらず、私の演奏活動にとって大切なものなのです」 オーケストラとの共演のため、たびたび来日している彼女だが、リサイタル・ツアーは2年ぶり。そんな中、すみだトリフォニーホールで2回にわたって行う『アヴデーエワ・プロジェクト』では、意欲的なリサイタルとコンチェルト・プログラムを披露する。 カチュン・ウォン指揮、新日本フィルと共演する「コンチェルト」公演では、演奏機会の少ないストラヴィンスキー「ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ」と、意外にも日本で初披露となるチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を演奏。揺るぎないロシアン・ピアニズム、力強いタッチを身につけたアヴデーエワの弾くロシア作品は聴きものだ。 一方、ソロによる「リサイタル」公演では、J.S.バッハ、ショパン、リストを取り上げる。 「バッハとショパンのつながりに、大きな関心を寄せています。ショパンがバッハを敬愛していたことはよく知られていますが、2人の作品を続けて演奏することで、バッハの音楽のどのようなところが、本質的にショパンにインスピレーションを与えたのかが見えてくると思います。挑みがいのあるプログラムです。特にショパン晩年の作品にみられる、明確な形式美やポリフォニックな特徴は興味深いものです」 そして後半はリスト。ロ短調ソナタだけでも充分に聴きごたえがありそうだが、そこに最晩年の小品も加えているのは、アヴデーエワのこだわりだ。 「これまでにも晩年のリストの作品に取り組んできました。彼の後期作品は独特で、知らなければこれがリストだとは判別できないようなものも多い。雰囲気や感覚が音楽になっているようで、形式も感じられません。20世紀の新しいスタイルへの扉を開く作品で、バルトークやスクリャービンに大きな影響を与えました。リスト自身、晩年の創作が人生における最高のものだとしているのですから、彼を若き日のヴィルトゥオーゾ作品のイメージに閉じ込めてしまうのは残念なこと。もっと適切に評価されるべき作曲家です。それで、晩年の作品を演奏したいと思っているのです」 晩年の境地に一歩ずつ近寄りながら、ヴィルトゥオジティも保たれるロ短調ソナタの深遠な世界を、アヴデーエワがどのように描くのかも興味深い。 「さまざまなアプローチの方法があると思いますが、私が心がけているのは、インスピレーションに頼りすぎないということ。例えば、関連のある文学作品のイメージに寄りすぎるというようなことは避け、作品の背後にある本当の物語を表現したい。『ダンテを読んで』ですら、ダンテの『神曲』に沿いすぎるのは避けるべきだというのが私の考えです。 リストの作品において一番大切なのは、そこにとても人間的な感情があるということ。人間なら誰でも共感できる要素が多く込められています。その意味で、リストとベートーヴェンは似ていると思います。どちらも、音楽で表現するものが生と死に直接かかわっていて、壁にぶちあたっても妥協することなく突き進んでいく。生きて勝利しなくてはという意志を、音楽から感じるのです」 楽譜を忠実に読み、作曲家の意図に真摯に向き合う。彼女が頂点に輝いたショパン・コンクールで評価されたのも、そんな美点だった。『アヴデーエワ・プロジェクト』では、彼女が読み解く作品の世界をたっぷり堪能できそうだ。Informationロシア・ピアニズムの継承者たち 第12回ユリアンナ・アヴデーエワ(ピアノ) プロジェクト2016第1回 【リサイタル】10/28(金)19:00 第2回 【コンチェルト】11/6(日)15:00すみだトリフォニーホール問 トリフォニーホールチケットセンター03-5608-1212 http://www.triphony.com他公演 10/15(土)軽井沢大賀ホール(0267-31-5555)、10/16(日)ザ・シンフォニーホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)、10/22(土)八ヶ岳高原音楽堂(八ヶ岳高原ロッジ0267-98-2131)、10/30(日)北九州市立響ホール(北九州国際音楽祭実行委員会事務局093-663-6567)、11/3(木・祝)横浜みなとみらいホール(神奈川芸術協会045-453-5080)

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