eぶらあぼ 2016.10月号
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気分は明日必ず話したくなる?クラシック小噺capriccioカプリッチョ221「良いホール」の代表選手、ベルリン・フィルハーモニー “良いホール”とは、何だろうか。もちろん音響が良いことは当たり前だが、それ以外にも重要な要素はたくさんある。それを総合的に高いレベルで満たしているのが、他でもないベルリンのフィルハーモニーである。私見では、ミュンヘンのバイエルン国立歌劇場と並んで、世界最高のホールと呼べると思う。 ひと言で言えば、「コンサート体験を豊かにする条件が揃っている」。例えばホワイエは、入口から人が自然に流れるように作られており、しかも広大である。休憩時には、各階にとどまって談笑し、寛げる空間が確保されている。軽食・喫茶のほか、そぞろ歩く人々の服装をウォッチングするなど、休憩時間自体が楽しめるのである。日本のホールは音響は素晴らしいが、ホワイエはおおむね狭いところが多い気がする。ヨーロッパでも同じで、実用面で難点があることもしばしばである。 万国共通なのが、トイレの数だろう。男性用はともかく、女性用で列ができるのは、ドイツでもイタリアでもフランスでも変わらない。地下階にしかないホールさえあるが、これは有名建築家が、機能面よりもデザインを優先しがちだから。その点フィルハーモニーには、ハイ・キャパシティのトイレが4ヵ所もあり、模範的と言える。もうひとつの問題は、クロークである。並ぶ人の列が、玄関を出入りする人の流れとぶつかり、混雑を巻き起こすことがしばしば。もっともラテン系の国では、コートや荷物は(オペラ座の)桟敷席に持ち込む伝統があるため、クローク自体が重視されていないのかもしれない(実際、スペースは最小限である)。その点ドイツでは、手ぶらで客席に入る習慣があるため、預け物は総じてしっかりしている。 もう1点、フィルハーモニーが優れているのは、客席(ヴィンヤード型)がかなりの勾配となっている点である。舞台側から見ると、観客が近く見えるため、演奏家にとってはお客さんとの一体感がある。Profile城所孝吉(きどころ たかよし)1970年生まれ。早稲田大学第一文学部独文専修卒。90年代よりドイツ・ベルリンを拠点に音楽評論家として活躍し、『音楽の友』、『レコード芸術』等の雑誌・新聞で執筆する。近年は、音楽関係のコーディネーター、パブリシストとしても活動。聴衆とコミュニケーションが取れるという意味で、意外に重要な要素だろう。また観客側からは、オーケストラ団員の顔がよく見える。シューボックス型のホールでは、平土間が舞台下部に水平に広がっているため、団員の1列目しか見えないところが多い。対してフィルハーモニーでは、段差により舞台が斜め上から見えるため、「今日のフルート・ソロはパユだ」、「ホルンはドールだ」とすぐに分かる。彼らの演奏ぶりもずっと観察でき、お気に入りのメンバーへの意識が生まれやすいのである。 もっとも、フィルハーモニーにも弱点はある。幾何学的な構造で、ホワイエも左右対称でないため、自分の席が見つけられないのである(特に初めて来た場合)。これは、1963年の開館から現在まで変わらず、フロア・アシスタントが「迷える子羊たち」を席に案内する、ということもしばしばである。城所孝吉 No.3連載ベルリン・フィルハーモニーのホワイエを使って行われる「ランチ・コンサート」の模様©Stefanie Loos

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