eぶらあぼ 2016.9月号
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ど)。もはや賞による権威付けが不要な時代だ。すでに本家のバニョレ自体が1990年に、とっととコンクールからフェスティバルに変更しちゃってるしな。 そこでオレは「これからは目の利くディレクターが有能な振付家を選び、フェスティバルで時間と資金を与えてちゃんと長いものを作らせるべき」といってきたのである。 が、実はこの数年、オレが関わるコンペティションが国内外で増えているのだ。なぜか? オレは様々な理由で国内の審査員はお断りしてきた(権威に近づきたくない・賞を他人との協議で決めるのがイヤ等)。しかし自分が異物である海外のものや、自分一人で決められる個人賞みたいなものは引き受けてきた。 それらに共通するのは「フェスティバルに付随するコンペティション」だということだ。つまりコンペティションはするのだが、それとは別に、フェスティバルに来ている海外ディレクターが自分の所へ招聘したいダンサーを個別に選ぶ。バニョレは「フランスに行ける者を選ぶ」ものだったが、こちらは「世界各国のディレクターに選ばれる」わけだ。「採点される場」から、「チャンスの場」への転換である。 福岡、北海道、ソウルといろいろある。ソウルSCF(ソウル国際振付フェスティバル)の〆切は8月いっぱいだけど今年25周年なので多くのディレクターに見られるチャンスがある。オレの公式サイト(下記参照)に載せるので、どーんと挑め!第23回 「フェスティバル・コンペティション」という提案 あのトヨタが主催している振付コンクールがあるのをご存知だろうか。 トヨタ コレオグラフィー アワードといって、2002年から開催されている。ここから黒田育世、鈴木ユキオ、東野祥子など、多くのダンサーが羽ばたいた。2日間開催、立ち見まで出ることもあった。初めは毎年開催だったが、途中から隔年になった。そして今回、8月に開催された第10回をもって幕を閉じた。内容は最後にふさわしいものだった。平原慎太郎は大勢の人数を有機的かつ精密に振り付け、すでに成熟の域。音の中で身体が息づくオペラのような世界を創り上げ、次代を担う振付家賞とオーディエンス賞のダブル受賞となった。また横山彰乃も、夜中の団地で遊んでいる子ども達のような、孤独さと親密さが胸に迫る、みずみずしい伸びしろを見せた。オレとしては「次のダンス」のひとつであるコンテンポラリー・サーカスの流れにあるジャグリングの渡邉尚の作品がダンスのコンペティションで上演され、しかも平原と大賞を競ったそうなので、満足である。 だがじつはオレ、06年の他誌の連載で「コンペティションの時代はもう終わった。これからはフェスティバルの時代だ」と書いているのだ。 コンテンポラリー・ダンスにおいてコンペティションは大きな役割を果たしてきた。ストリートダンスと違い、特定のスタイルがないので、「何がなにやら」という状態だった30年前は、フランスのバニョレ国際振付コンクールが「とりあえずコレ見とけ」という指標になった。 その後は横浜ダンスコレクションが存在感を示し(いまも健在)、トヨタが開始されたときには数あるアートの中でトヨタがダンスを将来有望な支援先として認めたということか! と話題になった。 しかしだ。ダンス界も成熟してくると、べつにコンペティションなどは経由せず、自力でファンを獲得する連中も出てくる(コンドルズとか森山開次なPrileのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。うまい酒と良いダンスのため世界を巡る。http://www.nori54.com乗越たかお……誰もオレを知らぬ181

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