eぶらあぼ 2016.8月号
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気分は明日必ず話したくなる?クラシック小噺capriccioカプリッチョ141ベルリン・フィルの食通たち 日本は、欧米のオーケストラにとって、非常に魅力的な客演地である。聴衆の集中力と理解力、ホールの音響などが、世界的に見てもトップクラスだからだ。しかし、それ以外の要素も大きい。人々が気が利いて親切、マネージメントやホールの準備が完璧でトラブルが起きない、町が清潔かつ安全、伝統文化が豊かで見どころ豊富、気候が快適で気持ちがよい、などなど。しかし、何といっても彼らにアピールするのは、食文化である。 音楽家とは、基本的にフィジカル(体感的)な人種だ。体を使ってエモーショナルな表現をするので、感覚的なものへの感性が鋭い。とりわけ“食”へのこだわりは飛び抜けている。繊細で奥が深く、食材の持ち味を生かした日本食は、まさに彼らのテイストに完璧に合致するのである。 先日、ベルリン・フィルの来日時に、第1ヴァイオリン奏者のA氏と話す機会があったが、話題はもちろん食べ物。「和食では何が好きですか」と聞くと、来日経験48回という彼は、「全部!」と即答。「刺身、寿司、しゃぶしゃぶ、何でも好き。毎日でも食べられる。帰るまでに、できるだけ全部食べるようにしている」とのこと。お気に入りはお好み焼き(!)だそうだが、そんな簡単なもの、ドイツでも作れるじゃないですかと聞くと、「いやいや、ダメ。もちろん試してみたけれど、カツオ節が“躍る”ようにはならないし、マヨネーズとソースも綺麗に格子柄にはならない」とおっしゃる。まあ、日本でも特別な絞り口が必要だと思うが、視覚的な仕上がりにも意を注ぐのは、さすが芸術家である。 一方、仕事でご一緒することが多いチェロ奏者のProfile城所孝吉(きどころ たかよし)1970年生まれ。早稲田大学第一文学部独文専修卒。90年代よりドイツ・ベルリンを拠点に音楽評論家として活躍し、『音楽の友』、『レコード芸術』等の雑誌・新聞で執筆する。近年は、音楽関係のコーディネーター、パブリシストとしても活動。B氏は、ラーメンにこだわりがある。何でも、20年前に初めて来た時、ホテル近くのラーメン屋にふらりと入って、“衝撃”を受けたのだそうだ。店がなくなった今でも、その味が忘れられず、目下筆者のお役目は、彼のお眼鏡に叶うラーメン屋を探すこと。困ったのは、お好みが味噌ラーメンなことである。最近はラーメンと言えば豚骨などが人気で、味噌スープが有名な店は少ない。先日、人に薦められて飯田橋のある店に“お味見”に行ったが、カツオだしの効いた凝った味で、かえってダメだと思った。B氏が求めているのは、もっとシンプルな、昔風のストレートな味だからである。「これは僕のスタイルではない!」と厳格に却下(?)されるだろう。 ツアー後半、A氏にサントリーホールの前で出会ったので、お好み焼きは食べられましたか、と聞くと、なんと「インペリアルで食べた!」とのお答え。帝国(インペリアル)ホテルにお好み焼き店はないはず、と思ったが、鉄板焼屋(もちろん、めちゃくちゃ高級)で“特注”したのかもしれない。筆者が驚いていると、彼はお茶目に片目をウィンクしながら言った。「僕はね、昔ベルリンにラーメンとそばのお店を開けようかと、本気で考えた時期があるんだ。忙しくて実現できなかったけれどね!」城所孝吉 No.1新連載

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