eぶらあぼ 2016.2月号
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「ピエール・ブーレーズ・フェスティバル」を開催したKAJIMOTO(旧・梶本音楽事務所)代表取締役社長・梶本眞秀さんからのメッセージ「マサ(梶本眞秀さんの愛称)、クラシックはこのままでは滅んでしまうだろう。あまりにも定番化、固定化されすぎていて、革新がない。音楽をプレゼンテーションする方法はもっと多様であるべきだ。その可能性を切り拓いていかないと、クラシックは過去の遺物になってしまうだろう」 1995年に東京で開催した「ピエール・ブーレーズ・フェスティバル」でブーレーズが私に語りかけてきたこの言葉が「梶本音楽事務所」から「KAJIMOTO」に社名を変えた大きなきっかけのひとつでした。 彼の言葉が胸に突き刺さり、私は社名を変え、パリにリエゾン・オフィスを設立し、そこからシャトレ座との共同プロジェクトが始まり、さらにはラ・フォル・ジュルネという音楽祭に出会いました。 私にとってブーレーズはメンター(人生における助言者・心の支え)であり、今の私のヴィジョン、指針の元となるきっかけを作ってくれた恩人です。 ピアニストのポリーニは、ブーレーズのやろうとしていたことを受け継ごうとしています。ブーレーズがポリーニの誕生日に亡くなった、というのは単なる驚きだけでなく、とても強い運命の力を感じずにはいられません。 もう一つ注目すべき点は、彼が優れた音楽家であるだけなく、政治的にも長けている人だったということ。彼がいたからこそ、シテ・ドゥ・ラ・ミュージック、アンサンブル・アンテルコンタンポランが生まれ、フィルハーモニー・ドゥ・パリが建設されたのも彼のアイディアによるところが大きかったと思います。ああいった音楽家でありながら、国や人を動かすことができたのも、彼の優れた才能だったのではないでしょうか。 今後ポリーニをはじめ、ブーレーズに影響を受けた多くのアーティストやプロデューサー、マネージメントなどが彼の意志をきっと継いでくれることでしょう。東京』にロンドン響と参加、03年にはグスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラと来日し指揮、本公演の一部はCDリリースされている(シェーンベルク:交響詩《ペレアスとメリザンド》他 ユニバーサル/DG UCCG-1568)。 13年にはドイツ・グラモフォン(DG)がDGの録音だけでなく、エラートやハルモニア・ムンディ・フランスなどの音源も使用し、自作全てを収録した13枚組CD『Pierre Boulez - Complete Works』(直輸入盤・完全限定盤、DG 480-6828)を、15年には、生誕90年を記念して同じくDGがブーレーズ指揮の自作を含む音源をまとめた44枚組CD『20世紀音楽の芸術 Boulez 20th Century』(直輸入盤・完全限定盤、DG 479-4261)をリリースした。 第1回高松宮殿下記念世界文化賞音楽部門(1989年)、第25回京都賞(思想・芸術部門、2009年)を受賞。 なお、2013年に『ircam×東京春祭 〜フランス発、最先端の音響実験空間』としてブーレーズ作品を紹介した東京・In MemoriamPierre Boulez 1925-2016ピエール・ブーレーズ・フェスティバル in 東京 1995でのパーティの様子。 前列左より)マウリツィオ・ポリーニ、梶本眞秀、ピエール・ブーレーズ、ジェシー・ノーマン 写真提供:KAJIMOTO【CD】シェーンベルク:交響詩《ペレアスとメリザンド》他(ユニバーサルミュージック/DG UCCG-1568)春・音楽祭では今年4月、ポリーニのプロデュースによる公演『ポリーニ・プロジェクト ベリオ、ブーレーズ、ベートーヴェン』を開催する(4/14、4/15 東京文化会館(小))。165

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