eぶらあぼ 2015.11月号
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第13回 いま徴兵制のある国のダンス 前号で「ダンスは社会的な物と無関係ではありえない」と書いた。 オレは仕事柄、世界中のダンス関係者と話すが、政治的な問題と直面することがある(まあオレがキナ臭い国が好きということもあるが)。特にオレが関わっているイスラエルや韓国のアーティストと話すと、兵役はしばしば切実な問題として語られるのだ。 ダンサーの全盛期は短い。熊川哲也でも誰でもいいが、自分の好きなダンサーが2年間、まったく踊れなくなることを想像してみてほしい。長いトレーニングの末、やっと迎えた20歳代の黄金期のうち2年間も奪われてしまうなど、まったくの悲劇だ。 で、そうした徴兵制がある国では、コンペティションが違う意味を持つ場合がある。たとえば韓国では政府が認めたいくつかの国際大会で優勝できれば兵役(19歳〜29歳の2年間)を免除される。ただし年にわずか2〜3人のみ。日本人はコンペティションが好きだが、真剣味がちがうのだ。 イスラエルは男女とも兵役がある。だがイスラエルのアーティストは政府によるパレスチナの占領政策に批判的な人も多く「良心に従った兵役拒否」することが増えた。最近では奉仕活動をしたりパスポートに制限が加わるなどの不都合を享受するなどして、兵役を免除できるルートができているという。 そういえば新潟のNoismを率いる金森穣は、素晴らしい台湾の男性ダンサーと出会い次のシーズンからでも入団させようとしたところ「来年から兵役なので」といわれ断念したとか。 厳しい環境の中でも踊り続ける人々がいる。そんな恐れもなく踊ることのできる今の日本という国の環境は守っていかなくてはならない。安全保障については様々に意見が交わされるようになったが、「さすがに兵役はないだろう」と高をくくらないほうがいい。オレ等のような50歳代の人間にしてみると、子どもの頃スペインや韓国は軍事政権だったし、80年代にコンテンポラリー・ダンスの一翼を担ったベルギーですら1994年まで兵役があったしな。 さて海外のダンスフェスへ行くと、南米やアフリカなど、紛争や経済危機が報じられている国から来ている人も見かける。 「キ、キミ、ダンスなんぞを見ている場合なの」と思うが、恐らくそれは逆なのだ。 そういう国だからこそ、心からダンスを求めているのである。なけなしの予算をつぎ込んでも、人にはダンスが必要なのだと彼らはわかっているのである。 かつてキブツ・コンテンポラリー・ダンス・カンパニーの創設者ユディット・アーノンは体育の先生だったが、アウシュビッツの強制収容所でダンスを始めたという。絶望で笑い方を忘れた子ども達に笑顔を取り戻すためだったそうだ。 娯楽や贅沢とはまた違う、「切実なダンス」というものが、世の中にはあるのだ。Prifileのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。うまい酒と良いダンスのため世界を巡る。乗越たかお277

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