eぶらあぼ 2015.3月号
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第5回インドのコンテンポラリー・ダンスを見る インドにも、あるんですな、コンテンポラリー・ダンス。今日コンテンポラリー・ダンスといわれるものは、1980年代にフランス・ドイツ・ベルギーあたりを中心に起こったもので、日本もほぼ同時期に取り組んできた。しかしアジア全体で見ると中国や韓国ですら本格化したのは意外に遅く2000年以降のことだ。だがその伸長は目覚ましく、中でもインドは急速に力をつけている。ヨガあり伝統舞踊ありボリウッドありと、ダンスの素地は十分にある国でもあるし。 行ってきたのはニューデリーで行われた『IGNITE!(発火)』というフェスティバル。オレは初のインドなので生水には細心の注意を払っていたが、3日目でスウっ……とね。悠久のガンジスの流れへと誘われるように水下痢ですわ。一時間ごとにトイレ。しかも空砲かと思っても油断できない水鉄砲が……いや、オレの腹具合などどうでもよい。 会場は大使館など外国人を受け入れる施設を中心に行われるのだが、ドイツ大使館の庭に穴を掘った剛の者もいたな。初めは穴の周りで踊っているのだが、やがて中に入って腿まで埋まり、上体をグラインドさせながらミョーな植物のように動いて面白かった。 いっぽう大規模な作品は他国(ヨーロッパ)とのコラボレーションが多い。手っ取り早く西洋のコンテンポラリー風味を身に付けようという狙いなのかもしれない。 フェス全体としては、意外に伝統舞踊に対して批判的な作品や、インドと紛争状態にあるカシミール地方の若者のダンスを招聘したりと、なかなか骨のある作品も扱っていた。なかでもドイツ・インド・バングラディシュ共同制作の『メイド・イン・バングラディシュ』は強烈だった。これは実際にあったサバール縫製工場事故(違法な増築で工場が崩壊し従業員1200人以上が生き埋めで死亡)を扱っているのだ。 スクリーンに「GARMENT INDUSTRY(衣料品産業)」の文字が浮かぶ。バングラディシュ人のダンサー達が一列に並び、インドの伝統舞踊カタックの足踏みでリズムを取る。その後ろでは長いミシンの針の映像が何度も上下している。客席からは、にこやかに踊るダンサー達の頭上に何十本という針が繰り返し突き刺さるのを見ることになるわけだ。やがて衝撃的な事故の映像のあと怒りを込めて床を踏む様は、伝統や民族の枠を越えて胸を打った。 しかしこれだけで終わらないのである。中盤スクリーンに「ART INDUSTRY(アート産業)」という文字が映し出されると、揃いの衣裳を着て、冒頭の振りを繰り返すのだ。こうなると同じ動きでも、意味合いが全く違ってくる。「服飾産業」の悲劇を告発するこのダンス作品もまた、アートという現代社会の「産業」のひとつに過ぎないのだ、と突きつけているのである。バングラディシュは悲劇の被害者だったが、いつまでも同情される弱者ではいるつもりはないのだ。自分の力で生きていく。そのためには悲劇を扱ったダンス作品だって使うぞという、これは強烈なメッセージだった。Prifileのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。うまい酒と良いダンスのため世界を巡る。乗越たかお256

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