eぶらあぼ 2015.2月号
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62CD『In Contrasts』コジマ録音ALCD-9146 ¥2800+税ケマル・ゲキチ(ピアノ)『In Contrasts』は私の人生を描いたアルバムなのです取材・文:飯田有抄Interview 演奏家にとって一枚のアルバムが、自身の来し方や思想が投影された、いわば自叙伝的作品となることがある。クロアチアが生んだピアニスト、ケマル・ゲキチの新譜『In Contrasts』はまさにそんな一枚だ。 「この20年、日本でのリサイタルはベートーヴェンやリストなどを中心に弾いてきました。しかし今シーズンはもっと自分自身のヒストリーに基づいた曲目にしたかったのです。私は、古代ローマ帝国やイタリアの文化から影響を色濃く受けたクロアチアで育ち、現在はメキシコやキューバに近い米国フロリダ州の大学で教えています。多文化的環境で生きてきた私がこれまでに出会った素晴らしい音楽を、コントラスト豊かに描きたいと思いました」 結果的に非常に珍しい作品を紹介するCDとなった。故郷バルカン半島の音楽はパパンドプロの、ラテンアメリカの音楽はアレンとヒナステラの作品。いずれも20世紀の所産だ。 「パパンドプロは私と同じクロアチア南部の出身。クロアチア南部の人々は、ユーモラスで明るい。そんな気質が彼の『練習曲』にも表れています。この曲は私が米国で演奏すると必ず『楽譜を手に入れたい!』という声が殺到し、徐々にピアニストの間で普及しています。キューバの作曲家アレンの『変奏曲』は、ハバネラやチャチャチャなど舞曲のリズムを使用しながら、声部の扱いはバロック的な対位法のルールにのっとり、しかも連続5度の使用などを避けています。ですからとても響きが美しい。バッハの組曲を20世紀的に翻訳したかのような優れた作品です。ヒナステラの『クレオール舞曲』はアルゼンチンの険しい山々を思わせる、厳しさ漂う和声が魅力です」 さらに曲目で興味深いのは、上記3つの作品の間にフランクのピアノ曲を配しているところ。「前奏曲、コラールとフーガ」、「前奏曲、アリアと終曲」の2曲だ。 「フランクの音楽はここぞという派手な聴かせどころがあるわけではなく、内省的で瞑想的。堅固な建築物のような音楽です。そこに私は自分の思索的で客観的な一面を重ねています。地味だけれど上質なスーツがフランクの音楽なら、Tシャツにジーンズがラテンやバルカンの音楽。そのどちらも私自身の姿。このアルバムは私の人生を描き、そして哀しみ、喜び、疑い、瞑想など様々な感情のコントラストをも描いたものなのです」 タイトルの“contrasts”という単語に付けられた複数形の“s”の文字。それが象徴するものを、じっくりと聴き取りたい。3/3(火)14:00 ヤマハホール問 銀色の瞬間事務局090-3907-8209 http://www5d.biglobe.ne.jp/~miminana銀色の瞬とき間 Vol.6 菊地美奈(ソプラノ) 日本歌曲をうたう銀座を彩る日本歌曲文:宮本 明 今年オペラ・デビュー20年を迎えるソプラノ菊地美奈が日本歌曲のリサイタルを開く。一人の作曲家から1曲だけと決め、「悩みに悩んで選びぬいた」という20曲が並ぶ。東京芸大時代は日本歌曲を専攻、修士論文のテーマも詩人・深尾須磨子だった。日本歌曲の魅力を、「歌詞がダイレクトに伝わること。広がるイメージを繊細に、大胆に表現したい」と語る。リサイタルは菊地が企画する「銀色の瞬間」シリーズの一環。司会も交えて気楽に楽しめる構成は、人を喜ばせることに貪欲な彼女らしい。“銀”は銀色に輝く歌たちであり、銀座の“銀”でもある。会場のヤマハホールから数軒隣りにある「音楽ビヤプラザライオン」の宣伝企画プロデューサーというユニークな立場でも良質の音楽を提供し続ける彼女。コンサートホールとビアホールという、フォーマルとカジュアル・スタイルの音楽の場が隣接しているのが銀座という街の面白さだ。その両方を、垣根なく楽しんでほしいという願いもこもった、ひな祭りの午後の銀座へGO!

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