eぶらあぼ 2014.9月号
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33 ホンモノの若さとは何か――それは「型にはまらない心」を指す言葉である。東京二期会がこの9月に上演する《イドメネオ》は、ドラマはギリシャ神話の古風な物語ながら、音楽には青年モーツァルトならではの型破りな個性が溢れる異色のオペラ。日本の我々にも馴染み深いマエストロ、準・メルクルがこの名作の魅力をじっくりと語る。「1781年にミュンヘンで《イドメネオ》が世界初演された時、モーツァルトは25歳になったばかりでしたが、当時の人々は、この若者の新作オペラにかなり戸惑ったようですね。というのも、それまでの書法を無視するような、実験的な試みを彼がいくつもやっているからです。例えば、曲の切れ目があまりありません。観客が拍手できる“はっきりした終わり方”を採るアリアが少なくて、冒頭の序曲も、囚われの王女イリアの儚げな朗唱(語るように歌うパート:レチタティーヴォ)にすっと流れこんでゆきます。また、その朗唱部にしても、チェンバロで伴奏する部分にいきなりオーケストラが飛び込んできて、客席を驚かせたりします」 そうした、イレギュラーな音運びを敢えて用いたモーツァルトの狙いとは?「彼はどうも、この作品では、ストーリーそのものよりも、場面ごとの人間の“感情の昂ぶり”を鮮烈に描きたかったようです。主人公の王様イドメネオは息子のイダマンテを神への生贄にせよ、と求められ、その王子を愛する2人の王女も大いに苦しみます。こうした心の葛藤をリアルに出したくて、定型を外す作り方を選んだのでしょう。その結果、《イドメネオ》はとても斬新なオペラになりました。だから、いわば、モーツァルトの実験作ですね。後の人気オペラの方が、曲の作り方としてはむしろ保守的になっています」 確かに、《イドメネオ》を観ていると驚かされることが多い。合唱団の存在感が非常に強いこともその一つ。「そうでしょう! 《フィガロの結婚》や《ドン・ジョヴァンニ》より、コーラスの出番がはるかに多い。このオペラで、全編を通じて合唱が活躍し続ける点は、当時の常識を超えるものです。また、ハーモニーにも斬新な部分が多く、モーツァルトが書いた中でもっとも近代的な和声が聴けますね。その一方で、技巧性を誇るはずのカストラートが初演したイダマンテの役に、非常にシンプルなメロディが目立つあたりも面白いものです。彼を激しく求めるエレットラの込み入った旋律線とは対照的ですが、素直で正直なイダマンテのキャラクターと、愛に悶えるエレットラだからこそ、歌にとても美しいコントラストが生まれたとも言えますね」 今回は、マエストロが東京で久々にオペラを振るのも話題だ。「数年間オペラを休んだ今、大いにリフレッシュ出来ましたよ!(笑) 東京交響楽団とは初共演ですが、実演を聴いた際に、音色やフレージングがモーツァルトに向いていて、さすが、ユベール・スダーンさんの薫陶を受けたオーケストラと感心しました。だから、ご一緒出来るのが楽しみです。また、東京二期会の皆さんとは、新国立劇場の《指環》で共演したことがあり、ドイツ圏のレパートリーの経験豊かな方たちだと思っています。日本の歌い手はモーツァルトの繊細な世界によく合う声の持ち主が多いですね。だから今回の共演にも期待しています」 最後に、《イドメネオ》の魅力について改めて。「モーツァルトの人気は世界中で根強いですが、この作品は普段皆さんが親しんでいる彼のオペラとはちょっと違います。《イドメネオ》の完成度の高さは、他の人気作とは違う境地にあり、“作曲家として自分がどこまでゆけるか、それを試してみよう!”と意気込んだ天才作曲家が、発想の原石を思い切り詰め込んだ一作なのです。《魔笛》のパパゲーノのアリアのような、すぐに覚えて口ずさめるようなメロディはそんなにありませんが、でも、管弦楽の素晴らしい深みと音の多様性はぜひ知って頂きたいですね。公演をどうぞお楽しみに!」《イドメネオ》は青年モーツァルトの斬新な試みが詰め込まれた傑作ですProleドイツ人の父と日本人の母との間にミュンヘンで生まれる。ハノーファー音楽院でヴァイオリン、ピアノ、指揮を学び、セルジュ・チェリビダッケに師事。2001~04年新国立劇場にて《ニーベルングの指環》を指揮し、話題をさらった。近年では、ロイヤル・オペラ・ハウス、ウィーン国立歌劇場、バイエルン国立歌劇場、ドレスデン国立歌劇場等でオペラ指揮者として活躍。また05年リヨン国立管の音楽監督、07年中部ドイツ放送響首席指揮者に就任。北ドイツ放送響、ミュンヘン・フィル、パリ管、ボストン響、シカゴ響、クリーヴランド管、水戸室内管などにも客演。N響には定期的に客演し、好評を得ている。また、PMFや国立音楽大学にて学生の指導を行うなど、教育の分野にも積極的にかかわっている。取材:岸 純信(オペラ研究家) 写真:青柳 聡

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