eぶらあぼ 2014.8月号
19/195

16 マーラーの交響曲は作品のインパクトが強いだけに、その出会いの印象も強烈なものになる。山田和樹が最初に買ったマーラーのCDは、小澤征爾&ボストン響の「巨人」(『花の章』付き)だった。そして、最初に演奏会で聴いたマーラーはインバル&都響の第9番だったという。 「高校3年の時、たまたま招待券をいただいて、インバル&都響の交響曲第9番を聴きました。第9番はそれまでCDで聴いたこともなく、すごい緊張や集中力はわかったのですが、作品自体はまだまったく理解できませんでした」 しかし、交響曲第8番との出会いによって、マーラーの世界に目覚めた。 「大学1年生の終わりに、マーラーの8番の合唱指導を武蔵野合唱団から頼まれて、そのときは、この世にこんなものがあるのか、と“大はまり”でしたね。その後マーラーは、僕にとって、1、5、8番のように理解しやすい交響曲と、9,6,7番のように理解しにくい交響曲に分かれました」 マーラーに夢中になった山田は、マーラーの交響曲第1番が振りたくて、東京芸術大学4年生のときに学園祭で自らオーケストラを編成してしまう。 「初めてのマーラーの指揮でした。人生で一番汗をかいた演奏会ですね(笑)」 そんな山田和樹が2015年1月から17年3月までオーチャードホールでマーラー・ツィクルスに取り組む。 「マーラーの前半の交響曲は今の僕の年齢(35歳)の頃に書かれました。第2番、第3番はどんぴしゃり35歳あたりの作品です。ですから今やるにはちょうど良いと思いました。マーラーの音楽の魅力は、下世話な言い方をすると、行きそうで行かない、じらされる感じでしょうか。クライマックスかと思ったところで、まだそこがクライマックスではなかったりします。実は、マーラーの音楽の本質は、ピアノやピアニッシモなどの静かな時間が異様に長いことです。聴衆にも奏者にも緊張を強います。そして、尋常ではない緊張や集中とともに、オーケストラ一人ひとりの奏者の極限的な取り組みが求められます。聴き手はそういうところに感動するのかもしれませんね」 交響曲第1番「巨人」ではハンブルク稿を使用するなど山田らしいこだわりも見せる。 「素敵な『花の章』を演奏するからには、もともとそれがあったハンブルク稿の中でやるのが正しい形だと思います」 今回のマーラー・ツィクルスでは、前半に武満徹の管弦楽曲がカップリングされる。 「オーケストラの色彩感や“歌”を大事にしているところが共通しています。現代音楽のなかでメロディのあるものは珍しいのですが、武満さんの音楽は自然に耳に入ってきます。それから、武満作品は、そのルーツに日本人の血を、日本の自然を感じますね。海外のオーケストラで日本人作曲家の作品をリクエストされたとき、武満作品に落ち着くことが多いのです。ロンドン・デビューは『弦楽のためのレクイエム』でした。《星・島(スター・アイル)》はトゥールーズで、『3つの映画音楽』はスイス・ロマンド管やドレスデン・フィルで取り上げました。『夢の時』はBBCで録音しました」 共演は正指揮者のポストにある日本フィル。「この企画をやるなら、日本フィルしか考えられませんでした。今のオーケストラ界はまずバランスを取ろうとしますが、“猛将”ラザレフさんに率いられている日本フィルは、金管の主張が強く、パワフルで野性味があり、マーラーの音楽に合っていると思います」 2015年は第1番から第3番までを取り上げる。2月末に第3番を演奏した後、山田には3月のパリでのオペラ形式による《火刑台上のジャンヌ・ダルク》の公演が待っている。2015年1月にオープンするパリ管弦楽団の新しい本拠地「フィルハーモニー・ドゥ・パリ」での上演。演出はサイトウ・キネン・フェスティバル松本のときと同じコム・ドゥ・ベルシーズ。パリでのフランスものでのオペラ・デビューについて、「僕にとって大勝負、正念場です」と笑う。山田和樹Kazuki Yamada/指揮マーラーにはオーケストラの極限的な取り組みが要求されます取材・文:山田治生 写真:武藤 章

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です