eぶらあぼ 2014.1月号
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25最初から最後まで聴き手を夢見心地にさせます クラシックのみならず、テレビドラマや映画、ミュージカルなど、幅広いジャンルで活躍する千住明が書き下ろす《滝の白糸》は、泉鏡花の傑作小説『義血俠血』の初のオペラ化だ。これまでに何度も新派の舞台や映画になった題材を、現代日本の音楽文化の最先端を走る千住明は、いったいどのようなオペラに仕立て上げるのだろうか。「日本の古典を現代に翻訳するオペラを手がけてきましたが、いずれも、いわゆる“日本のオペラ”とは違う切り口からオペラという世界にアプローチするものでした。今回、泉鏡花のヒット小説を現代オペラにする、というお話を石川県、金沢市、高岡市の文化財団からいただいたとき、もし今の日本のオペラを若い世代に聴いてもらうことができるなら、それは僕がやるべき仕事なのではないかと考えました」 現在の“日本のオペラ”は、新作が発表されるたび、オペラ界では話題になるものの、それが一般の人たちにまで浸透するということはあまり多くない。ましてや、オペラの聴衆は残念ながらある一定の年齢以上の層が中心で、いわゆる若者世代が劇場に足を運ぶことは少ないだろう。「日本のオペラにはコアなファンがたくさんいて、それなりにお客さんも入るのになぜメジャーになれないのか、という疑問がずっと僕の中にありました。僕は2年間、NHKの『日曜美術館』という番組の司会をさせていただいたのですが、その中で、美術の世界がとても人々に開かれたものであることを知りました。一方、僕らが属している音楽の世界はそれに比べてとても閉鎖的です。いったいどうして、これほどの差がついてしまったのか。僕は、“音楽芸術”というスノッブな幻想のようなものが“蓋”をしてしまっているんだと思うのです。最近、美術は“アート”といわれるようになっていますよね。音楽も“アート”したらいいんじゃないかと。オペラは実は壮大なエンタテインメントなのですから、“芸術”という“蓋”を取り払えば絶対楽しめるはずなのです。僕にオペラの依頼がくるということは、今、その蓋を取るべき時がやってきているのだと思います」 今回の《滝の白糸》が、そのようなエンタテインメントとしての現代オペラになるのだとしたら、これほど画期的なことはない。では千住は、実際にどのような方法でそれを実現するつもりでいるのだろう。「僕は30年間、実用音楽の世界で仕事をしてきました。それは、非常にプロフェッショナルなエンタテインメントの世界です。そこでは、どうやったら聴いてもらえるのか、どうやったら自分の伝えたいものを伝えることができるのか、ということを徹底的に考えさせられました。何しろ、カッコ悪い、と思われたらそれで終わりですから(笑)。ひとつの和音を選ぶにも、そしてその和音をどんな響きで鳴らすのかにも徹底的にこだわり抜く。その結果身についた方法論が僕の財産です。今回のオペラは、そうした僕がやってきた音楽の集大成です」 例えば『砂の器』や『風林火山』、『機動戦士Vガンダム』で人々を魅了した千住の音楽。そのエッセンスがつまったオペラになるということだろうか。「コンセプトは、最初から最後まで聴き手を夢見心地にさせる、ということです。決して難しそうな顔をしない、決して偉そうにしない。そういう音楽をお聴かせできると思いますよ」 確かに、一般の人がクラシック音楽やオペラを敬遠する理由に、「難しそう」「高尚すぎて堅苦しそう」という要素は常にあがってくる。だが、これはあの千住明のオペラなのだ。きっと理屈ぬきに美しく、楽しめるものになるに違いない。 ところで、この《滝の白糸》は金沢を舞台にした、日本独自の美学に貫かれた小説でもある。オペラ化にあたって“日本”ということは意識したのだろうか。「水芸(主人公の白糸は水芸で人気のある女芸人)の場面は別にして、特に和のテイストは入れていません。楽器編成も、(今回初演する)オーケストラ・アンサンブル金沢がベースで、和楽器なども入りませんし、いつどこの国のオーケストラでも演奏できるスタイルになっています。これも映画の音楽などを作ってきて気づいたことなのですが、僕がふつうに西洋音楽を書いていても、海外では“日本的”といわれたりするのです。おそらくそれは、僕らが無意識のうちに身につけている日本的な繊細さ、というものが自然に音楽にあらわれているのだと思うのですね。だから、今回も音楽は西洋の手法です。おそらく、若い人が聴いたら、これって洋楽?!って思うのではないでしょうか」 インタビュー中、何度も「今の若い人にぜひ劇場に足を運んでほしい」と繰り返していた千住明。この《滝の白糸》が、現代の日本のオペラ界に新しいページを刻むものになることを期待してやまない。取材・文:室田尚子 写真:中村風詩人

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