eぶらあぼ 2013.12月号
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31元気を保つ秘訣は、音楽に対する集中力とワイン(?) 現役最高齢の指揮者の一人であるスタニスラフ・スクロヴァチェフスキは、今年10月3日、90歳の誕生日を日本で祝った。当日は、桂冠名誉指揮者を務める読売日本交響楽団の東京オペラシティ公演。終演後、読響が「ハッピー・バースデイ」を奏でると、会場は温かな拍手に包まれた。「本当に嬉しかったですね。90歳の誕生日を日本で祝うべく、3年前から計画を立ててくださった読響の皆さんに、感謝の気持ちを述べたいと思います」 彼はこの日も、ショスタコーヴィチの交響曲第5番などを終始立ったまま指揮し、覇気漲る快演を聴かせた。かくしゃくとした指揮ぶりは驚異的だ…何か元気を保つ秘訣はあるのだろうか?「特に秘訣はありません。ただひとつ言えるとすれば、音楽に対する集中力でしょうか。食事など特に気を遣っていることもなく、油濃いものは少し避けますが、肉、魚、野菜、フルーツ…何でも食べます。あとはグラス一杯の赤ワイン(笑)。いいワインがあるとき、友人が来たときなどには多めに飲んでいますよ」 読響とはもう35年の付き合いだ。「最初に指揮した1978年から現在までに、読響は著しく成長したと思います。当時も個々のメンバーの質は高かったのですが、団体としては若かったので、共に勉強していく必要がありました。私は、アンサンブルに集中することや、セクション間のバランス、音の質とイントネーションについて厳しく言ってきました。ただそれはどこのオーケストラに行っても変わらないことです」 2007年から10年までは常任指揮者として力を注いだ。「その間、徐々に変わっていったとの実感はあります。それは主に、皆が親しんでいる曲とそうでない曲に対する違いを通しての話です。例えば、今回私の自作を演奏するのですが、こういうときには、団員たちにまず生命感を求めます。リズムを際立たせて弾く、イントネーションに気を配るなど…。いっぽうベートーヴェン、ブラームス、ブルックナーなどクラシックな音楽の場合は、音色やバランスを重視します。いかにして美しい音色を出すか、正確なリズムを刻むかについて何度も話をし、互いの音が聞こえにくい会場では、私の棒をよく見るようにという指示を再三してきました」 このほど読響との最新CD「ベートーヴェン:交響曲第3番『英雄』、第4番、第5番『運命』」がリリースされた。最高の評価を得たブラームスやブルックナーに続く本作は、2012年の2公演のライヴ収録。満を持してのベートーヴェンの登場だ。これまた“枯れた”ところなど微塵もない、生気に富んで溌剌とした高密度の名演。読響との親密なコラボを反映した記念すべきディスクといえる。ただ彼いわく「録音をどう感じるかは自分では言えない」。あとはぜひ各自の耳でご確認を。 ともあれマエストロにとってベートーヴェンは特別な存在だ。「私が最初に夢中になった作曲家です。4歳の頃、ピアノ曲に触れて、その後すぐ交響曲を聴くようになり、やがてスコアを買って勉強するようになりました。当初は、バッハとモーツァルトも尊敬し、少し後にはワーグナーとブルックナー、大人になるとストラヴィンスキーにも魅了されましたが、いちばん最初に影響を受け、存在感の大きかった作曲家はやはりベートーヴェンです」 ベートーヴェンの魅力や指揮する際に大事なことを聞くと、至ってシンプルな答えが返ってきた。「偉大な作曲家から生まれた素晴らしい作品。私が魅了されるのは皆さんと同じ理由ですよ。振るにあたって大事なのは、スコアをよく理解すること。スコアに命を吹き込むのが指揮者の役割です。今回の第3、4、5番に関してもそれを忠実にやる以外にありません」 ちなみに使用譜は「ベーレンライターの新版をベースにした自分自身の楽譜」、メトロノームの速度指定に関しては「メトロノームは第1番が書かれたずっと後に発明され、速度指定も作曲から15~20年後に足したもの。それを踏まえた上で、何が一番正しいかを判断する必要があります」との由。 来たる2014年も読響への客演が予定されている。演目は、ベートーヴェンの交響曲第7番とブルックナーの交響曲第0番だ。「提案した数曲の中から読響がこの2曲を選んだことにとても満足しています。特にブルックナーの0番は、作曲者自身が芸術性を否定した作品ではありません。後に交響曲を振り返ったとき、破棄するような曲ではなかったので0番を付けた。私はその意味の重大性を深く考えています」 次の来日が待ち遠しく、またその公演が音楽ファンにとってかけがえのない宝であるのは言うまでもない。取材・文:柴田克彦 写真:青柳 聡

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