eぶらあぼ 2013.11月号
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No.22 大使館でおよばれごはん羽飾りの付いた帽子をかぶり大使様がご到着ラクダにまたがって大使様がご到着彼は手紙を持って来たこんなふうに書かれてた;「ニニ、俺のことが好きなら心を全て捧げよう」ヌッチャ・ナターリ<大使様がご到着>より 先日、イタリア大使官邸におけるイベントに伺った。その日の出し物はアレッサンドロ・マンゾーニの《許嫁 (I promessi sposi)》をイタリア人俳優がダンサーとチェロの演奏を伴って一人で演じるというものだった。装置も照明効果も一切ない状態での芝居であったが、優れた歌舞伎俳優が素踊りでも観客を魅了するように、彼も十分にドラマを堪能させてくれた。 芝居が終わると招待客らはサロンに案内され、そこで飲み物やカナッペをつまみながらしばし談笑する。この後準備ができ次第、大食堂で立食の晩餐が行われる予定なのである。 実は筆者が1999年にイタリア政府奨学生として渡伊する直前、やはりイタリア大使官邸晩餐に招待されたことがある。当時のイタリア大使はボローニャ出身であり、そのためボローニャ大学を留学先に選んだ奨学生たちが招待されたのだ。そして、当夜のプリモ・ピアットは、キャヴィア入りクリームソースのリングイネだった。他のメニューがなんであったのかはすでに忘れているのだが、この逸品のことだけは14年経った今でも鮮明に覚えている。その日は着席のおすましディナーで、ボローニャ出身のテノールであるウイリアム・マッテウッツィ氏の隣でガチガチに緊張しながら食事をした。さて運ばれてきた件のパスタであるが、最初からソースにキャヴィアが混ぜ込んであるにも関わらず、給仕がうやうやしくキャヴィアを運んできて、さらにトッピングするよう勧めるのだ。しかし当時、まだ大学を卒業したばかりの、社会的にはニートとしか認識されない状況にあった歌い手&演出家の卵は、雰囲気に気圧されてか、モジモジしながらスプーンの先で5粒ほどすくい、そのうちの3粒だけをパスタにふりかけて終わりにしてしまったのだ。これまでの半生で一番悔しい思いをしたのはどんな出来事か、と問われれば、迷わずこの一件を挙げるであろう。しかし、このリングイネは日本にいながらまさにイタリアを感じさせる鮮烈な味わいであった。濃厚なクリームの中にプチプチとした食感のキャビアが弾け、その度に塩味と魚卵特有のうま味、禁断のプリン体&コレステロールの味わいとも言える濃厚な味が舌をねっとりと撫でる。パーフェクトなゆで加減のリングイネは絶妙な歯ごたえを残し噛みちぎられ嚥下(えんげ)されてゆく。喉元を通り過ぎてゆくその時にも、濃厚なソースは乳脂肪の甘みを食道に塗りたくりながらゆっくりと胃に向かうのだ。その感触はすでに官能的ですらある。 あの時はこんなに美味しいパスタが世の中にあったのか、といたく感動したものであったが、時は流れ、楽器のメンテナンスと称した美味しいもの三昧を続けているうちに、キャビアのクリームソースには手打ちのタリアテッレのほうが合うんじゃね?などと考えてしまうようになった。食の神よ、歌い手の傲慢さをどうかお許しあれ。千葉大学卒業。同学大学院修了。東京芸術大学声楽科卒業。1999年よりイタリア国内外劇場でのオペラ、演奏会に出演。放送大学、学習院生涯学習センター講師。在日本フェッラーラ・ルネサンス文化大使。バル・ダンツァ文化協会創設会員。日本演奏連盟、二期会会員。「まいにちイタリア語」(NHK出版)、「教育音楽」(音楽之友社)に連載中。著作「イタリア貴族養成講座」(集英社)、CD「イタリア古典歌曲」(キングインターナショナル)「シレーヌたちのハーモニー」(Tactus)平成24年度(第63回)芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。207

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