eぶらあぼ 2013.10月号
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33伝説のヴァイオリニストを聴く パールマンがやってくる。1945年生まれということは、御年67歳。まさに円熟の時を迎えたヴァイオリンの巨匠は、この秋我々にどのようなメッセージを届けてくれるのだろう。米・ハリウッドで行われる夏の野外音楽祭《ハリウッドボウル》に出演するパールマンを訪ね、日本公演にかける想いを聞いてみた。 ハリウッドボウル公演のテーマは「ユダヤの音楽」。ここ数年パールマンが特に力を入れて取り組んでいるテーマの一つだ。「今夜お聴きいただくのは、私が子供のころイスラエルで聴いていたメロディです。本来は教会の中で歌われるもので、ジプシー音楽にも近い響きが聞こえてきます」 すでにCDにもなっているこの音楽、興味のある方は是非耳を傾けてみて欲しい。そして話題は注目の日本公演へと移行する。「日本に行くのは本当に楽しみです。なにしろ食べ物が素晴らしい。寿司に天婦羅に…。これは日本の伝統文化ですね」 噂には聞いていたが、パールマンの日本食に対する好奇心は本当に凄い。この勢いのまま話はいよいよ来日公演プログラムへと突入する。ベートーヴェンの第1番、グリーグの第3番&タルティーニの「悪魔のトリル」という3つのヴァイオリン・ソナタと、恒例の『ヴァイオリン名曲集』。この選曲の狙いはどこにあるのだろう。「このベートーヴェンの素晴らしいソナタからは、モーツァルト的なものが感じられます。ベートーヴェン独特のドラマは始まっているのだけれど、ハーモニー的にはまだまだ初期のものですね。古典派の作品はロマン派のそれに比べて正確さが求められる点が難しいところです。続くグリーグは、非常にロマンティックな作品です。プログラムに変化をつけたくて選んでみました」 そして今回の目玉「悪魔のトリル」。「この曲はタルティーニが作ったのではなく、夢の中で悪魔がヴァイオリンを弾いていたものを書きとったのですよ(笑)。今回はクライスラー編曲版を演奏します。オリジナルとの違いはハーモニーです。ウィーン的な香りのする最高の音楽をお聴かせしますよ」 コンサートの最後を飾るのは、すっかり恒例となった『ヴァイオリン名曲集』。実はこれが楽しみで会場に足を運ぶファンも多いという。「これはずっと続けている企画で、たくさんの小品の中からリサイタル中の気分に合う曲を選んで弾くのです。例えば、今夜の夕食は天婦羅だからあの曲にしよう、デザートはあれを食べたいからクライスラーとかですね(笑)。自分の想いと音楽とが上手く混じりあって最高の演奏につながるのです」 なるほど、幸福感に満ち溢れたパールマンの演奏の秘訣を垣間見た気がする。これはファンにとっても極上のデザートになるに違いない。この名曲を奏でるパールマンの愛器は、1714年製のストラディヴァリウス「ソイル」だ。素晴らしい楽器との出会いはヴァイオリニストにとって不可欠なこと。「私にとってこの楽器は夢そのものです。初めて出会った時にはメニューインさんが所有していました。まだ23歳くらいの時だったでしょうか、数分弾かせてもらって恋に落ちたのです。そこですぐに、『もし手放す気になった時には是非僕に売ってください』とお願いしたのです。そして今から26年前に売ってもらうことができたことは本当にラッキーでした。他に比べようもないほどの素晴らしい楽器です。これまで数本のストラディヴァリウスを使ってきましたが、今はこの『ソイル』のみです」 13歳で「エド・サリヴァン・ショー」に出演したことをきっかけに世に出たパールマン。その長く輝かしいキャリアの中でいったいどのような変化を遂げてきたのだろう。「一夜にして何かが変わるということはありません。少しずつ変化してきたのですが、特に変わったことと言えば、音が良く聴こえるようになってきたことでしょうか。自分が何を奏でているのかを聴くことはとても大切なことです。肉体を使って音楽を創り上げることだけでは、なかなか自分が奏でている音楽を正確に聴きとることはできません。良く聴くことによってより良く弾くことができるようになる。その『良く』というのは、どれだけ理解して弾くことができるかと言う意味の『良く』なのです。若い演奏家を教える際にも、『こうしなさい』ではなく、自分が何をしているのかを理解して前に進むよう指導しています」 この秋“一つの伝説”が日本を訪れる。「パールマンを聴いた」ということが、いつかきっと自慢になる日が来るに違いない。 取材・文:田中 泰(編集部)

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