【10月定期】オーボエ首席奏者・加瀬孝宏が語る10月18日東京オペラシティ定期

マエストロプレトニョフと紡ぐ新しい響き、シューベルトの“内面の強さ”

 10月の定期演奏会は、東京フィル特別客演指揮者ミハイル・プレトニョフが登場。2016年のグリーグ『ペール・ギュント』全曲演奏会などでも共演を重ねてきたオーボエ首席奏者・加瀬孝宏が、マエストロ・プレトニョフの音楽づくりと10月18日東京オペラシティ定期で取り上げる、シューベルトの作品について語ります。

『未完成』は、オーボエ奏者にとっては、基本、全部難しい。

オーボエ首席・加瀬孝宏 
©上野隆文

 シューベルトは歌曲をたくさん書いたメロディメーカーですね。交響曲第7番『未完成』冒頭では、オーボエ奏者はクラリネット奏者と一緒に有名な、大事なメロディを吹かなきゃいけない。実はここ、オーボエ1本で演奏するなら簡単なんです。だけど、クラリネットと一緒なので『あちらの(クラリネット奏者の)気持ち』にならなきゃいけないというか。僕自身は、後ろから聴こえてくるクラリネットの響きに“入る”ように吹いています。クラリネットのあたたかみのある音に“すっ”と入ると、2本の楽器の新しい響きができる。オーボエだけだとなんとなく哀しすぎる、クラリネットだけだと明るすぎる。二つを重ねることで新しいものができる。そういう場面です。
 シューベルトの交響曲には、木管楽器がメロディをリレーしてゆく、「気づいたら他の楽器にメロディが移り変わっていく」という場所が多くあります。クラリネットのソロから、オーボエ、フルート、とリレーをして、三つの楽器の受け渡しで音楽が作られていく、といったような。

フランツ・シューベルト
(1797-1828)

 10月の曲目でも、ロシアもの(10月22日・23日)はプレトニョフらしいけど、オペラシティ定期は珍しく有名どころの選曲ですね。響きもお客様との距離も近いオペラシティに合っている曲かもしれません。シューベルトはシンプルだけど、四声和音の使い方も上手なんです。「密集配置」と言うのですが、和音の音を密集させて置くと、演奏する方はそれぞれの音を打ち消し合わないように細心の注意を払うので、音が透き通るんですよ。そういう使い方が上手です。シューベルトのポイントは透明感だと思います。

 作曲の手法としては「頭はロマン派、手法は古典派」の人。手法は古典派なのに内容は「先に(ロマン派の時代に)進んでいる」というか。作曲家というのは、時代に先取りして認められていくところがあると思いますが、シューベルトにもそういうところがありますね。メロディはすごく「ものを言っている」のだけれど、表面的な音の強さではなく、精神的な強さ、内面の強さで表現しようとしています。お客様には、シューベルトを通じてその音楽の内面を聴いていただきたいです。決して派手な音楽ではないし、迫力があるという音楽でもない。人は派手なもの、迫力のあるものについつい惹かれてしまうけれど、僕たちはただ、必要な音、曲が求めているものを、シンプルに演奏していくことで作品を通じて楽しんでいる。オーケストラがシューベルトを表現するのにどれくらい響きというものに集中しているか、奏者が自分とどう向き合っているかを感じていただきたいと思います。

特別客演指揮者ミハイル・プレトニョフとの信頼が紡ぐ音楽

東京フィル特別客演指揮者ミハイル・プレトニョフ
©上野隆文

 マエストロ・プレトニョフとの初めての共演のことはよく覚えています。マエストロは静かに部屋に入ってきて、ゆっくり指揮台の上に座って、ほとんど動かない。なのに、オーケストラから「ドカーン!」と音が出るんですよ。最初は意味がわからなくて(笑)。「なんだこれは?」と。ところが、共演を重ねると、やっぱり、じーっと見たら、ほしい音がわかるようになってくる。去年(2016年4月)グリーグの劇音楽『ペール・ギュント』全曲を演奏しましたが、そのときもそう。最初の音、楽譜に「フォルテ」って書いてあるんですけれど、音を出す前の予備拍でどういうフォルテが欲しいかわかるんですね。大きい音じゃなく、“包んだ”音が欲しいんだな、って。それをオーケストラのみんなが、互いの信頼関係で一瞬でキャッチするんです。だから、音を出す前に出る音はもう決まっている。
 マエストロは時に、すごくこだわりのある歌いまわしをするのですが、それはピアニストの発想なのかな、と思うことはありますね。ピアニストがソロを弾くときは本当に自由で、ピアノの世界の自由を感じる。時間の使い方や時間の経ち方も、オーケストラ奏者とは違うものを見ているんだなと。我々オーケストラ奏者はもっといろいろな楽器の奏者の時間の使い方を興味深く見る必要があるなと思います。我々もそれでまた音楽を広げられますから。
 マエストロには、慣れないうちはどうしていいか、すごく考えてさぐりを入れるようなことをしていたのだけど、今はたとえば5センチ棒が動いただけでも、なんとなくわかるようになりました。こちらが音を出したときに「なるほど、そうやって吹くのか」みたいな風にこっちのほうを「チラッ」と見るんですよ。たぶん、いい意味で……ととらえたい(笑)。そういった意味では奏者に自由をくれる。東京フィルの3人のマエストロ(名誉音楽監督チョン・ミョンフン、首席指揮者アンドレア・バッティストーニ、特別客演指揮者ミハイル・プレトニョフ)は、管楽器奏者がどうやって演奏するかについて自由をくれるマエストロたちですね。楽しいですよ。


【情報】

ミハイル・プレトニョフ指揮 
10月定期演奏会

一夜限りの贈り物――シューベルト『未完成』他

10月18日[水]19:00開演(18:30開場)
東京オペラシティ コンサートホール
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指揮:ミハイル・プレトニョフ
ソプラノ:小野美咲*

ハイドン/交響曲第49番『受難』
マーラー/亡き子をしのぶ歌*
シューベルト/交響曲第5番
シューベルト/交響曲第7番『未完成』

 

マエストロ・プレトニョフが贈る珠玉のロシア民謡・民話のプログラム

10月22日[日]15:00開演(14:30開場)
Bunkamura オーチャードホール
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10月23日[月]19:00開演(18:30開場)
サントリーホール
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指揮:ミハイル・プレトニョフ
グリンカ/幻想曲カマーリンスカヤ
グリンカ/幻想的ワルツ
グリンカ/歌劇『皇帝に捧げし命』より第2幕「クラコヴィアク」
ボロディン/交響詩『中央アジアの草原にて』
リャードフ/交響詩『魔法にかけられた湖』『キキーモラ』『バーバ・ヤガー』
リムスキー=コルサコフ/歌劇『雪娘』組曲
リムスキー=コルサコフ/歌劇『見えざる町キーテジと聖女フェヴローニャの物語』組曲
リムスキー=コルサコフ/歌劇『皇帝サルタンの物語』組曲