船迫優子(東京フィル 打楽器奏者)

 今シーズンの東京フィルハーモニー交響楽団のラインナップ中、特別な注目を集めているのが、首席指揮者アンドレア・バッティストーニの指揮で上演されるアッリーゴ・ボーイトのオペラ《メフィストーフェレ》(演奏会形式)である。ボーイト渾身の傑作ながら、壮麗な「プロローグ」だけはある程度知られているものの、全曲を体験する機会は稀少を極めるため、オペラファン待望の公演となっている。
 ところで、その「プロローグ」のみ、2016年の東京・春・音楽祭にてリッカルド・ムーティの指揮で上演されているが、その公演に参加したひとりが、東京フィル打楽器奏者の船迫優子である。さらにこの11月にも《メフィストーフェレ》に出演する予定だ。たそのため、このレア演目を二人のイタリアの名指揮者のもとで演奏するという、実に稀有な体験を重ねることとなる。

 船迫は幼少期よりピアノを習っていたが、卓越したリズム感に打楽器への相性を見出したピアノ教師の助言で、打楽器の道を目指すことになった。武蔵野音楽大学打楽器専攻で学んだ後、桐朋学園オーケストラアカデミーの初期メンバーを経て、ソロ活動や東京フィル等のエキストラで経験を積み、2007年に東京フィルに入団した。
 そんな経験豊かな船迫にとっても、ムーティの「プロローグ」は貴重な体験だったという。
「ムーティのリハーサルは細かく念入りで、楽譜にない余計な表現は全部直されます。そして本番では壮大な終結でも抑えたテンションのまま統率し、驚くほどの大音量を引き出したのです。ムーティの指揮で体験したこの作品の壮麗さや迫力も印象的でした」
 ムーティの魂を引き継ぐ存在であるバッティストーニの《メフィストーフェレ》についても期待が高まる。
「バッティストーニはムーティを尊敬していると聞いていますので、的確な導き、熱く見えても冷静といった特徴が似ていると思います。指揮者は少しでも不安があるとそれが表に出ますが、彼らにはそういうものが一切ない。指揮ぶりを見ているだけで、どう呼吸をもっていってどう音を出せばいいか全部わかります。そんな彼らの指揮で同じ演目をできるのは楽しみです」
 バッティストーニとの共演は毎回幸福を感じると語る船迫が見る、彼の公私両面の素顔は興味深い。
「テンポやダイナミクスのみならず、この音楽で何をしたいか、何を伝えたいか、ということが指揮棒だけで伝えられる指揮者です。常に作品に対しての自分の考えをしっかり話し、作品への愛情もよく伝わります。人柄は表裏のない方で、実は普段は物静かです。とてもまじめで、照れ屋でもあるんですよ」
 そして船迫は本拠の東京フィルの長所をこう語り、演奏の喜びを露わにする。
「オペラについては入団前から『こんなすばらしい音楽があるんだ』と思っていて、それを数多く体験できる東京フィルに入れたことは幸せなことです。オペラは団員皆にとっても特別で、入れ込み方が違うし深い内容の話にもなります。各自が聴き合い、呼吸を感じ取って寄り添う音を出す、といったことに自然に慣れていて、それはオペラ以外の演奏にも活かされていますし、私たちの良さだと思います」
 彼女の打楽器が与えるスパイスは演奏全体の味を引き締め、迫力と深みを与えている。東京フィルの一人ひとりのそういった積み重ねが、定期演奏会にしてオペラ上演でもあるバッティストーニの《メフィストーフェレ》で大きく結実するに違いない。
取材・文:林昌英 写真:寺司正彦

●第912回 サントリー定期シリーズ
2018.11/16(金)19:00 サントリーホール

●第913回 オーチャード定期演奏会
2018.11/18(日)15:00 Bunkamuraオーチャードホール

指揮:アンドレア・バッティストーニ
メフィストーフェレ(バス):マルコ・スポッティ
ファウスト(テノール):ジャンルーカ・テッラノーヴァ
マルゲリータ/エレーナ(ソプラノ):マリア・テレ-ザ・レーヴァ
マルタ&パンターリス(メゾソプラノ):清水華澄
ヴァグネル&ネレーオ(テノール):与儀 巧
合唱:新国立劇場合唱団 他

ボーイト/歌劇《メフィストーフェレ》(演奏会形式)

問:東京フィルチケットサービス 03-5353-9522(平日10時~18時、12/23(土)は10時~16時)
東京フィルWebチケットサービス http://tpo.or.jp/(24 時間受付・座席選択可)