演出家カスパー・ホルテン インタビュー(2)

3人の女性は、彼が付き合ったすべての女性のそれぞれのストーリーを代表するもの

――3人の女性たちが単なる被害者ではなく、それぞれ意思を持った人間として描かれているのも印象的でした。

ホルテン:オペラでも芝居でも、登場人物にレッテルを貼るのは好きではありません。現実の世界には完全な被害者というのは少ないですし、より複雑な人物像を描きたいと思っています。オペラの中で、ドン・ジョヴァンニは2065人の女性をものにしたことが語られますが、その一人一人が個別の人間であったわけです。したがって、オペラに登場する3人の女性を異なる人間として描くことで、彼が付き合ったすべての女性にそれぞれのストーリーがあったことを代表しているのです。
 なかでもドンナ・アンナは興味深いキャラクターだと思います。彼女は特にいろんな感情の狭間で苦しんでいます。ドン・ジョヴァンニがひどい男であることを分かっていながら彼に惹かれてしまうーーこうした例は現実にも多くありますし、そういった葛藤を描きたかったのです。ドンナ・アンナの最後のアリアでは、彼女が人生においていかに3人の男たちーー婚約者、父親、ドン・ジョヴァンニーーとの関係に苦しみ、最後は全員から離れて、自分の人生を歩んでいくのかを示したつもりです。

ドンナ・アンナとドン・ジョヴァンニ(2015年6月、ロンドンでの上演より)  Photo:ROH / Bill Cooper

ドンナ・アンナとドン・ジョヴァンニ(2015年6月、ロンドンでの上演より) 
Photo:ROH / Bill Cooper

――従者のレポレロはドン・ジョヴァンニをどう見ているのでしょうか?

ホルテン:レポレロもドン・ジョヴァンニの魅力に惹きつけられてしまった一人です。主人の行動を批判しているように見えますが、実際にはその才能や創造性に憧れており、彼なしではやっていけません。主人の人生を通して自分の人生を生きているのです。
 彼は、ドン・ジョヴァンニが女性と真剣な関係になりそうになると嫉妬心を抱くのです。その意味で、唯一ドン・ジョヴァンニと真の関係を結べそうなドンナ・エルヴィーラにはいちばんライヴァル心を持ち、彼女を遠ざけようとします。しかし最後にドン・ジョヴァンニが窮地に陥った時には、何もしてあげられず、彼もまた去っていくしかないのです。

ドンナ・エルヴィーラとドン・ジョヴァンニ(2015年6月、ロンドンでの上演より)  Photo:ROH / Bill Cooper

ドンナ・エルヴィーラとドン・ジョヴァンニ(2015年6月、ロンドンでの上演より) 
Photo:ROH / Bill Cooper

――この演出では、オペラのフィナーレの音楽が通常の版と違いますね。

ホルテン:第2幕のフィナーレは、通常ではドン・ジョヴァンニ以外の登場人物たちが六重唱を歌って大団円になるわけですが、これはモーツァルトがプラハで初演した時には歌われましたが、のちにウィーンで再演した時にはカットしているので、彼自身迷いがあったのだと思われます。今回の演出では六重唱の前半をカットして後半だけ採用し、しかもピットから歌われます。最後の場面では、ドン・ジョヴァンニがその行いに対してどんな報いを受けるかということに焦点を当てたかったからです。
(後藤菜穂子 在ロンドン、音楽ジャーナリスト)

リハーサル中のカスパー・ホルテン(ロイヤル・オペラ プログラム誌より) ©ROH/Bill Cooper 2014

リハーサル中のカスパー・ホルテン(ロイヤル・オペラ プログラム誌より)
©ROH/Bill Cooper 2014

*このインタビューは2015年3月に行われました。フィナーレについては、その後6月の再演ではさらに変更が加えられ、六重唱すべてがカットされての上演となりました。

■英国ロイヤル・オペラ2015年来日公演《ドン・ジョヴァンニ》