インタビュー:長原幸太(ヴァイオリン)&鈴木康浩(ヴィオラ)

 今や東京・春・音楽祭の目玉公演のひとつとなった『若き名手たちによる室内楽の極(きわみ)』シリーズ。毎年、弦楽六重奏をメインに様々な作品を披露してきた当シリーズも早いもので4年目を迎える。今回演奏されるのは、晩年のチャイコフスキーがかつて過ごしたイタリア・フィレンツェの輝かしい日々を回想した傑作六重奏曲「フィレンツェの思い出」ほか全3曲。シリーズ当初からの主要メンバーで、プライベートでも親交が深い長原幸太(ヴァイオリン/元・大阪フィル・コンサートマスター)と鈴木康浩(ヴィオラ/読響ソロ首席奏者)に、これまでの軌跡や、今回の選曲意図、聴きどころなどを聞いた。

ーー今年で4回目を迎える『室内楽の極』ですが、これまでの歩みを振り返っていかがですか。

鈴木(以下S):もう4年目になるんですね。というか、弦楽六重奏というイレギュラーな編成をメインにした企画なのに、よくここまで続いたなと我ながら感心しています(笑)。ひとえに、毎回熱心に聴きに来てくださる皆さんのおかげですね。

ーーシリーズがそもそも始まったきっかけを教えてください。

長原(以下N):音楽祭の事務局から、若手の室内楽シリーズをやってみては? というお話をいただいて。昔から公私共に仲がよかったヴィオラの鈴木さんとチェロの上森祥平さんに声をかけたんです。編成に関しては、僕たちは“本職”ではありませんので、弦楽四重奏はあえて外して六重奏をメインに。2番奏者は、それぞれパートごとに探そうという話になりました。

ーーその2番奏者ですが、ヴァイオリンは新日本フィルのコンサートマスターとして活躍中の西江辰郎さん、ヴィオラは第7回東京音楽コンクール第1位の大島亮さんが固定メンバーですね。

S:大島さんは僕が所属する読響のゲストとしてもよく参加してくれるし、一緒に弾いていてストレスを感じたことが一度もないんです。特に2番奏者を弾かせると、出し入れの緩急が実に上手いし、勘もいい。唯一の弱点はお酒を一滴も飲めないことくらいかな(笑)。

N:僕が西江さんに声をかけたのは、美しく繊細な音色と精確な技巧の持ち主なのに加えて、「王子」の異名で知られるように男前でもあること。メンバーに一人くらいはヴィジュアル系が欲しいなと思って(笑)。

S:僕は元々ヴァイオリンを弾いていたので、西江さんとは同門です。小学5年生くらいからずっと同じ先生に師事し、同じコンクールを受けてきました。彼は音色も弾き方も本当に綺麗で正統派。それに対し、僕は“野獣派”で、楽器を壊すような弾き方で暴れまくっていました(笑)。

ーーこのシリーズでは、曲に応じて各パートの1番と2番の奏者が入れ替わることがあるのも聴きどころですね。

S:特に注目していただきたいのが、長原さんと西江さんのどちらが1番と2番をやるかで演奏がまったく異なって聴こえるということ。例えば、長原さんが2番だとヴィオラ寄りの内声的な役割に徹しますが、西江さんの場合はスパイスや起爆剤のような独特の個性を発揮するんです。

ーーチェロの2番奏者は固定せず、過去3回は横坂源さん、宮田大さん、富岡廉太郎さんがそれぞれ出演されましたね。今回の奥泉貫佳さんは、東京芸大附属高を卒業後、ドイツ・トロッシンゲン音大に留学し、2007〜09年までバイエルン国立歌劇場の契約団員として活躍した若手実力派とうかがっています。

N:彼は原田禎夫さん(元・東京クヮルテット)のお弟子さんで、音楽の構築方法がとても知的ですね。音色も太くてしっかりしていますし、昨年の僕らの公演を聴きに来てくれて、打ち上げにも勇んで参加してくれたイイ奴なんですよ(笑)。

ーー今回のプログラムは、ドホナーニ「弦楽三重奏のためのセレナード」、ブラームス「弦楽五重奏曲第1番」、チャイコフスキー「弦楽六重奏曲『フィレンツェの思い出』」の3曲。選曲の経緯を教えてください。

S:まず、後半に演奏するメインの六重奏曲を決めることになり、まだトライしていないメジャー作品であるチャイコフスキーに即決しました。前半は、チャイコフスキーと相性もいい、王道ともいえるブラームス。過去に第2番をやっているので、今回は第1番でということになったのです。でも、それだけだと、通常のコンサートの演奏時間である約2時間に足りないので、「ハンガリー舞曲集」なども書いているブラームスとの繋がりを考え、ハンガリーの作曲家ドホナーニの三重奏曲を冒頭で弾くことにしました。

ーードホナーニの三重奏曲は全5楽章構成。第1楽章の行進曲から始まり、第2楽章ではロマンツァの流麗で美しい旋律が印象的。そして何と言っても、第3楽章のスケルツォにおける跳ねるような半音階的主題が有名ですね。

N:ここは名盤として知られているヤッシャ・ハイフェッツ(vn)らの演奏よりも速く、カッコよく弾きたいですね。

S:そうですね。僕も今年は調子がいいから、速く弾けるような気がします。

ーー続くブラームスの五重奏曲第1番は、50歳を目前にした円熟のブラームスを聴くことができる傑作の一つと言われていますが。

N:モーツァルトの先例に倣って、ヴァイオリン2挺、ヴィオラ2挺、チェロ1挺という編成になっているのも特徴ですね。この曲の1番ヴァイオリンは西江さんが担当するので、第2楽章の諦観に満ちた主題や、細かく刻まれる音符によって次第に高揚してゆく第3楽章を彼がどうリードするかにご注目ください。

S:その意味で、今回最も大変なのは、3曲ともすべてチェロの1番を弾く上森さんかも。でも、彼は無尽蔵のスタミナの持ち主だから、きっと大丈夫でしょう(笑)。

ーーそしてトリのチャイコフスキー。聴きどころや公演に向けた抱負をお聞かせください。

DSC_5279sS:創作力の旺盛な晩年の円熟期に書かれたこともあり、全4楽章にわたって充実した筆致が冴え渡った傑作だと思います。また、チャイコフスキーの室内楽には珍しく、入念かつ老練な対位法を駆使することにより、構成が極めて緊密になっているのも特徴です。

N:鈴木さんや上森さんはこの曲を弾いたことがあるけど、僕は今回が初めてです。小さな頃に大好きで繰り返し聴いたハイフェッツの録音全集の中で、特にお気に入りだったのが今回演奏するドホナーニとチャイコフスキーだったんです。今回は長年の夢が叶って本当に嬉しいですし、だからこそ、テンポやアンサンブルの精度をとことん追求するつもりです。

S:じゃあ、今回は「ハイフェッツの思い出」というサブタイトルの公演で行かなくちゃ!(笑)。

ーー最後に『極』シリーズの来年以降の展開を教えてください。

N:先程もお話した通り、弦楽六重奏のメジャーどころは一通り演奏したので、来年以降は管楽器を入れてベートーヴェンの七重奏曲などに挑戦してみたいと思っています。

S:音楽祭の事務局とは、「5年目までは毎回新しい企画に挑戦しよう」というお話になっているので、再来年以降は過去に演奏した曲の再演という可能性もあります。でも、その頃には僕たちもいい年齢なので、シリーズのタイトルから「若き」を外さなくてはいけないかもしれませんね(笑)。聴き手の皆さんと共に、僕たちも音楽的な成熟を少しずつ重ねていけるように頑張りますので、これからも応援をよろしくお願いします!

取材・文:渡辺謙太郎 撮影:M.Terashi/TokyoMDE

◆公演情報◆
フィレンツェの思い出
〜若き名手たちによる室内楽の極(きわみ)

4月3日(木)19:00開演(18:30開場)
東京文化会館(小)

■出演
ヴァイオリン:長原幸太、西江辰郎
ヴィオラ:鈴木康浩、大島 亮
チェロ:上森祥平、奥泉貴圭

■曲目
ドホナーニ:弦楽三重奏のためのセレナード ハ長調 op.10
ブラームス:弦楽五重奏曲 第1番 ヘ長調 op.88
チャイコフスキー:
弦楽六重奏曲 ニ短調 op.70 《フィレンツェの思い出》

http://www.tokyo-harusai.com/program/page_1843.html

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3月16日(日)15:00開演(14:30開場)[約70分]
東京文化会館(小)

■出演
ヴァイオリン:長原幸太
コントラバス:吉田 秀
クラリネット:金子 平
ファゴット:吉田 将
トランペット:高橋 敦
トロンボーン:小田桐寛之
打楽器:野本洋介
指揮:久保田昌一
語り:國村 隼


子どものための《兵士のものがたり》
3月16日(日)11:00開演(10:30開場)[約60分]
東京文化会館(小)

■出演
語り・進行:マイケル・スペンサー
ヴァイオリン:長原幸太
コントラバス:吉田 秀
クラリネット:金子 平
ファゴット:吉田 将
トランペット:高橋 敦
トロンボーン:小田桐寛之
打楽器:野本洋介
指揮:久保田昌一

東京・春・音楽祭
http://www.tokyo-harusai.com