harusai2012ebravo
7/51
彼は現代に生きていれば、間違いなく一級のフォトジャーナリストである。もっとも広重なら「そんなもんなりたくもねえ」と怒りそうだが、彼が歩いたであろう同じ場所に自分が立っているだけで心が騒ぐ。画のど真ん中に鯉のぼりを吹き流したり、鶴が逆さまとなって大川を睥へい睨げいするといった大胆不敵な構図がゴッホに影響を与えたことなどあまりにも有名だが、いったいこの景色のどこを見れば「こんな構図」が思いつくのだろうか。 広重が亡くなってからわずか十年後、上野の山は官軍によって焼き払われ、彰しょう義ぎ隊たいが立て籠もった徳川家の怨念ともども更地にされてしまった。現在の上野恩賜公園である。明治政府が、勇壮な伽藍を誇った寛永寺の跡地に学校や美術館、博物館を次々と建てたのも偶然ではないだろう。その上野のお山で、今年も「東京・春・音楽祭」が催される。震災以来、裏方の皆さんの獅し子し奮ふん迅じんの働きぶりには本当に驚かされるが、この地が歴史の変遷を経てなお文化の香りが絶えないのは彼らのような持ち出しのできる文化人の心意気に掛かっている。 さて、今春はどんな名演が奏でられるのか。お茶の水あたりからゆったり歩いて桜の山を訪ねてみたい。2011年、東京・春・音楽祭が開催された上野恩賜公園の桜 撮影=青柳 聡鈴木洋嗣 すずき・ようじ(株)文藝春秋ノンフィクション局次長兼文春新書編集部長。『週刊文春』の取材記者、デスクを経て、2004~08年編集長、09年より『文藝春秋』編集長。10年より現職。新書ブームの火付け役として、藤原正彦著『日本人の誇り』、阿川佐和子著『聞く力』などを手掛ける。1960年、神田に生まれ、神田で育った生粋の神田っ子。趣味のクルマで、ビートルズとマーラーを聴くのが大好き。5
元のページ