eぶらあぼ 2025.10月号
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©Yoshihito Sasaguchi左:ナタリー・デセイ ©Simon Fowler Sony Classic右:フィリップ・カサールナタリー・デセイ(ソプラノ) & フィリップ・カサール(ピアノ) Farewell CONCERT50ディーヴァのオペラ・アリアに触れる最後の夜Interview千住 明(作曲)日本語の美しさをそのままに―オペラ《万葉集》11/6(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール問 ジャパン・アーツぴあ0570-00-1212 https://www.japanarts.co.jp他公演 11/2(日) 神奈川県立音楽堂(チケットかながわ0570-015-415)PASONA 50th ANNIVERSARY 千住 明プロデュース オペラ《万葉集》(演奏会形式)11/8(土)18:00 サントリーホール問 サンライズインフォメーション0570-00-3337 https://sunrisetokyo.com取材・文:宮本 明文:鈴木淳史 華麗なコロラトゥーラに加え、透明な抒情をしっとりまとわせた歌唱で魅了したナタリー・デセイ。世界のオペラ・ハウスを席捲した名ソプラノが、歌劇場の舞台から引退してリサイタルに専念したのは2013年だった。そして、今回の世界ツアーで、彼女のオペラ・アリアを聴く最後の機会となる。 プログラムは、「別れ」と「出発」を織り込む。「別れ」を表わす作品は、モーツァルトの《フィガロの結婚》より4つのアリア。ケルビーノから伯爵夫人まで4人のアリアを歌い分けるのだ。 それは、彼女のオペラ歌手としての歴史を 千住明のオペラ《万葉集》が再演される。2009年の初演以来、これが21回目の上演となる。 日本の現代オペラで、これほど短期間に繰り返し再演される作品は珍しく、異例の成功作である。 「とにかく日本語の美しさをそのまま感じてください。すべての言葉に音楽が宿っている作品です」 いうまでもなく、日本最古の和歌集『万葉集』に基づくオペラ。 多くの場面が和歌で始まり、そのあとに物語を形づくる自由詩が続く。俳人の黛まどかが手がけた台本は、自由詩部分も韻律を持ち、自然にメロディと溶け合う。大和言葉と現代日本語の交差に、古代の声の記憶と現代の感情表現が行き来する。 「この台本の良さは、ト書きやストーリー・テリング的な部分がほとんどなく、すべてが詩になっていること。どの言葉もそのまま“歌”になる。だから、日本のオペラではしばしば呪文のようになってしまう、レチタティーヴォ部分がいっさいありません。すごく新しいなと思いました」 《明日香風編》と《二上山挽歌編》の2つのオペラからなる2部構成。7世紀末、飛鳥時代の壬申の乱の前後を描いた2つの物語だ。そのまま示すことにもなろう。 一方、「出発」を表すのは、メノッティ、バーバー、プレヴィンによるミュージカルに寄ったアリアだ。これからはミュージカル歌手としての活動に絞るという彼女の新境地を堪能したい。 そして、ピアニストのフィリップ・カサールとともに研鑽を深めてきたフランス歌曲も並ぶ。そんなデセイの多彩さに触れる最後のチャンスだ。 「《明日香風編》のあと、東日本大震災の直後に書いたのが《二上山挽歌編》。挽歌=レクイエムであると同時に、日本人の心を未来に伝える作品にしたかった。ラストの合唱は、二上山が輝き続けるようにという歌詞に、富士山や日本への思いが重なっています」 この合唱曲はアマチュア合唱団からも熱烈な支持を得ているという。 「『また歌わせて』という要望が絶えません。 僕は長年エンタメの仕事をして、人を惹きつける技術を学びました。芸術作品だからとスノッブに構えていてはダメ。 難しすぎるとか、音が高すぎるとか、アマチュアが演奏できないものは書かないのが僕の基本です」  オラトリオに近い性格を併せ持った《万葉集》。 今回を含め、すべて演奏会形式で上演されてきた。 「結局“オペラ”の定義は何か。僕は、総合的なものを音楽でまとめていくのがオペラだと思っています。演奏会形式かもしれないし、DX(デジタルトランスフォーメーション)だけを使うものかもしれない。 時代とともにメディアの形は変わっていきます」 出演は小林沙羅、谷口睦美、鈴木准、与那城敬。 原田慶太楼指揮の東京交響楽団。 「予習は不要です。 言葉の響きそのものが美しい。しいていうならば究極のヒーリング・ミュージックです。幽玄な日本人の美意識を目指しました。ぜひ会場で耳を傾けてください」

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