拡大版はぶらあぼONLINEで!→甲子園での応援41 彩名はトランペットを握りしめ、泣きじゃくった。選手の涙、スタンドの野球部員たちの涙……。「みんなと一緒に甲子園に行きたかった。絶対行けると思ってたのに……」 麻央も落ち込んだ。試合終了直後から燃え尽き症候群のようにすべてに対してやる気を失った。 東邦の夏は終わったかに見えた。 ところが、思ってもみなかった話がマーチングバンド部に舞い込んできた。甲子園に初出場する豊橋中央から「応援をお願いできないか」というオファーが届いた、と同部の白谷峰人監督から知らされたのだ。 豊橋中央は吹奏楽部が休止状態で、応援は声しかない。決勝で東邦と戦ったとき、その応援のすごさに圧倒され、野球部監督と部員の総意で友情応援を依頼してきたのだった。 彩名や麻央たちは戸惑った。彩名の頭に浮かんだのは東邦の野球部の選手たちだった。「どう伝えればいいんだろう。でも、知らせないわけにもいかないし……」 ためらいながら友情応援することになったと伝えたところ、野球部の中では「頑張ってきてね」という声と「納得できない」という声があることを聞かされた。当然のことだ。自分たちだって、割り切れていない。豊橋中央はいわば“宿敵”だ。「複雑だよね……」 彩名は麻央たちとそんな話をした。決勝で流した涙はまだ忘れていない。「でも、こんな機会をつくってくれたのも、決勝まで頑張った野球部のおかげかもしれない。部長の自分がいつまでも迷っていてはいけない」 彩名は気持ちを切り替えた。甲子園で最高の《戦闘開始》を響かせよう、豊橋中央のために――。♪♪♪♪♪♪ 8月11日、マーチングバンド部の姿が甲子園にあった。Tシャツには「TOHO」の文字、帽子には「CHUO」の「C」の文字。豊橋中央の攻撃が始まると、麻央の指揮のもと、かけ声を豊橋中央バージョンに替えた《戦闘開始》をアルプススタンドに響かせた。 最初は豊橋中央の応援団はマーチングバンド部の応援に当惑しているようだった。だが、回を重ねるごとに、演奏に乗ってくれるようになり、どんどん一体感が高まっていった。 決勝で東邦を破ったときにマウンドにいたエース・髙橋大喜地選手はアントニオ猪木の顔真似をすることで話題だった。彩名たちは彼の打席のために猪木のテーマ曲《炎のファイター》を用意していた。「1、2、3、ダーッ!」 かけ声とともに勇ましい演奏が響くと、それに応えるように髙橋選手はヒットを放った。彩名は周囲と喜びあいながら思った。「あ、自分、いまめっちゃ応援してる!」 試合は1点差での敗戦。だが、豊橋中央の選手の姿は、彼らも夢に向かって全力で頑張ってきた同じ高校生なのだということを教えてくれた。だから、自分たちも全力で応援できた。 マーチングバンド部が葛藤の先に見つけたのは、ともに頑張る者同士の爽やかな友情だった。
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