29舞台で起きたことは全部楽しもうと思っています取材・文:岸 純信(オペラ研究家) 写真:野口 博 朗らかで力強く、しかも爽やかに鳴り渡る声音が、メゾソプラノ山下裕賀の持ち味である。その活動歴は華々しく、英国バーミンガムでの《蝶々夫人》(山田和樹指揮)のスズキ役で喝采を浴びたばかりだが、日本ではズボン役(女性が男性役を演じること)が続き、来る11月にはNISSAY OPERAでマスネ《サンドリヨン》のシャルマン王子を歌う。サンドリヨンはシンデレラのフランス語読み。彼女の優しさを見抜く「素敵な王子さま」をどのように演じるのだろう? 「マスネは、『タイスの瞑想曲』のように、メロディ作りが抜群に上手い人ですね。《サンドリヨン》でも音楽が全編どこもキラキラしています。私が特に好きなのは、第2幕で王子がサンドリヨンと出会う二重唱です。最初に心を鷲掴みにされたドラマティックなシーンでした。原作通り12時の鐘が鳴り、踊りの音楽に飲み込まれるような感じでこの幕は閉じられますが、そこがなんだか『脳みそが熱くなる』という感じで好きなんです!」 このコメントひとつにも、素直な心映えが見てとれる。 「この一年、R.シュトラウスの《ナクソス島のアリアドネ》では作曲家、新国立劇場での細川俊夫先生の《ナターシャ》では少年アラト、そして日生劇場さんの《サンドリヨン》で王子とズボン役が続いていますが、3人ともみな、『大いに悩む青年』です。作曲家は音楽に悩み、アラトは生きることそのものに悩み、シャルマン王子は愛に悩む…王子ですから大切に育てられ、全部が揃っている環境にあるはずです。でも、一方で、彼は『自分は愛を知らない』と気づいて落ち込んでいます。だから、オペラでの彼は『憂鬱担当』なのですが、時折りナルシストの面も出てくるようで(笑)。私としては、彼のそういった部分が愛おしかったりもします」 「愛おしい」と語る際、山下の目がひときわ燦めいたのが印象的。人間愛の精神なのだろう。 「今回の演出家、広崎うらんさんは、私が大学院を出て初めて主役を演じた《ヘンゼルとグレーテル》(日生劇場)でも演出を手掛けられ、その際に私の心の固定観念を解き放ち、『舞台をこんなに楽しんでいいんだ!』と気づかせてくださった恩人です。今回も、うらんさんの色彩豊かな世界観に再び巡り合えると思うと本当に嬉しく、稽古が楽しみです。また、指揮の柴田真郁さんとも何度もご一緒しています。歌手の気持ちを理解し、舞台を共に楽しんでくださるマエストロです」 ちなみに、日生劇場への出演はこれで5回目とのこと。 「前述の《ヘンゼル》、ベッリーニの《カプレーティとモンテッキ》、ロッシーニの《セビリアの理髪師》、それから子どものための物語付きクラシックコンサート『アラジン・クエスト』にも出ました。オペラでも子ども向けの舞台でも、その時の自分に必要な出会いを、いつもこの劇場からいただいていたように思います。だから、《サンドリヨン》も、感謝の心を込めて演じたいです」 出身は京都市の緑の多い地域。中学校時代は水泳まっしぐらで、高校2年で声楽を学び始めたという。 「母が中学の音楽教師で、ピアノは小学1年生から習っていましたがなかなかうまくいかず、歌の方が向いているかもと感じ、東京藝大では伊原直子先生に師事しました。父はとてもシャイな人ですが、京都で『第九』に出たとき、母に引っ張られて公募の合唱団に参加し、そこで歌にはまったそうです。『人ってこんなに変わるんだ』と思うととても嬉しかったです(笑)。お笑いが根付く関西の出身なので、例えばロッシーニのレチタティーヴォ(朗唱)の中に『ボケとツッコミ』があると気づくと、人がやったボケを何が何でも拾いたいというのが、不器用な私にもやはりありまして(笑)、舞台で起きたことは全部楽しもうと思っています。今回の《サンドリヨン》は中高校生の皆さんもご覧になるステージですが、まさしく、『オペラは初めて』の方にはもってこいの内容です。童話そのままのオペラですし、気楽に楽しんでいただければ。笑うところは大いに笑ってくださいね!」
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