eぶらあぼ 2025.9月号
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25先生と生徒の関係を超え、2人のピアニストとして臨むツアー取材・文:中村真人 近年ヨーロッパの楽壇でもその名を頻繁に耳にするようになった藤田真央と、ジャズからクラシック、現代作品まで縦横無尽の活躍を続けるキリル・ゲルシュタイン。卓越したソロ・ピアニストにして、師弟関係にもある二人が、この12月に初のデュオ・ツアーを行う。共に拠点を置くベルリンで、最初の出会いやツアーに向けた意気込みを聞いた。 藤田がゲルシュタインに出会ったのは、数年前にヴァイオリンの樫本大進とゲルシュタインが共演したリサイタルだったという。ベートーヴェンの「クロイツェル・ソナタ」で、互いに支え合いながら音楽をつくり上げていく二人の演奏に「こんなことができるのか」と感銘を受け、このピアニストのもとで学びたいと思ったそうだ。「真央と日本で最初に会ったことも、ベルリンのハンス・アイスラー音大のレッスン室に来てくれたときのこともよく覚えています。音楽性が素晴らしく、すぐに生産的な関係が築けると感じました。すでに大きなキャリアを築き、たくさんのコンサートを抱えているにもかかわらず、真央の学び続ける姿勢に私は共感します。なぜなら私自身、教える立場にある一方、最近まで恩師フェレンツ・ラドシュ先生のレッスンを受けていたからです。この学び続けるプロセスは、とても自然で健康的なものだと思います」(ゲルシュタイン) 藤田はゲルシュタインから定期的にレッスンを受けるのみならず、音楽について様々な議論をしたり、リサイタルの前にはプログラムについて意見を述べてくれたりと、「バロメーターのような役割」にして「信頼できる相談相手」のような存在だという。「キリルは多くのアドバイスやヒントを授けてくれますが、強制はしません。これは重要なことで、解釈について考えるための時間や余地を与えてくれるのです」(藤田) そんな創造的な関係にある二人のデュオ・ツアーとなれば、期待はふくらむ。ゲルシュタインはピアノ・デュオの核心についてこう語る。「2台のピアノのためのレパートリーを演奏するには、信頼と一定の相性が必要とされます。ヴァイオリニストと演奏する方が、まったく異なる楽器なのでむしろやりやすい。でも、同じ楽器の場合、相手が自分に合わないと難しいでしょう。逆に、相手との関係性があれば、特別な室内楽のかたちになります」 今回のツアーで演奏されるのは、4手のために書かれたシューベルト「創作主題による8つの変奏曲」、シューマン作の2台ピアノのための「アンダンテと変奏曲」というオリジナル作品に加えて、モーツァルトのピアノ協奏曲第19番にもとづくブゾーニ作の協奏的小二重奏曲という珍しいレパートリーも披露される。ハイライトといえるのが、ラヴェルとラフマニノフによる舞踏形式で書かれた2つの作品だろう。「ラフマニノフの『交響的舞曲』もラヴェルの『ラ・ヴァルス』も、もともとはオーケストラのために書かれた曲で、20世紀の傑作。全体として非常にバランスの取れた構成になったと思います」とゲルシュタインが語るように、魅惑に富んだプログラムとなった。「私にとって初めてのデュオ・リサイタルになります。ユニークなレパートリーを日本で披露できるのが楽しみですし、ついにキリルと一緒に演奏できるのも特別なこと。私たちは先生と生徒の関係ですが、今回は2人のピアニストとしてツアーに臨みます」(藤田)「2台ピアノの作品には豊富なレパートリーがあり、レパートリー同士のつながりがあり、さらに私たち同士のつながりや個人的な歴史があります。そんな多くの要素が混ざり合った、豊かなスープのようなコンサートになればと思います」(ゲルシュタイン) 2人の世界的ピアニストが師弟関係を超えた「同僚」として挑む全10公演のツアー。連弾による親密な曲からオーケストラの響きが聴こえてくるようなヴィルトゥオーゾ作品まで、ピアノ・デュオの概念が覆されるようなコンサートになるかもしれない。

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