eぶらあぼ 2025.9月号
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それでも踊るそれでも踊る者たちのために者たちのためにProfileのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹 底ガイドHYPER 』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。「ダンス私塾オンライン」開設。皆 様の 参加をお 待ちしております!第131回 「謎が深まるパリ・オペラ座バレエ団『PLAY』」た。つまり「通常ダンスを観なさそうな人々」が大量に来場していたのだ。公演クレジットに日本の財団からの助成が入っていなかったのも驚いた。助成金を決めるエラそうな連中は、二言目には「ダンスは集客が難しいから」とぬかしがちだが、本公演は助成金無しで新国立劇場オペラパレスの4階席まで埋めてみせた。 これはつまり従来の助成金頼りの招聘形態が行き詰まりを見せる中で、異業種からの資金と手腕が、日本の舞台芸術に新たな風を吹き込む可能性を示しているといえるだろう。まあ海外ではエルメスやロレックスなどラグジュアリー産業がアートのパトロンだが、日本ではファストファッションがその役を果たすのか。 作品はもちろん素晴らしかった。第一部は、多幸感に満ちた白い世界で繰り広げられるダンサーたちの様々な「遊び」が描かれる。第二部では一転して、現実的な「労働」のある世界。自ら選び取れる楽しみは舞台上に設置された喫煙所や、一段高い場所で展開されるダンスである。第一部の最後には6万個の緑のボールが降り注ぎ圧倒的な音と物量を示すのだが、第二部ではオーケストラピットに貯められて作業現場のようになっている。 「遊びと労働」がテーマの作品だが、今回の招聘自体、柳井氏が「仕事」よりも「遊び」の延長として実現したものだ。その意味では作品と上演が見事にリンクした公演だったのである。「たまたまビデオで見たダンス作品が面白かったので、パリ・オペラ座バレエ団(以下、パリオペ)を招聘してみた(むろん舞台は生でも観ている)。べつにダンス界をどうこうしようというつもりはない」という、驚きのメンタルの招聘元によって実現したのがアレクサンダー・エクマンのダンス作品『PLAY』である。 先月号で書いたとおり、エクマンはオレが長年来日公演を熱望していた振付家である。しかしなかば諦めていた。ひとつにはエクマンの作品は大規模なものが多い(今回は生演奏のミュージシャンまで帯同している)。しかも日本のクラシック・バレエのファンには、パリオペの公演であってもコンテンポラリー作品ではとにかくチケットが売れないのだ。パリオペはその使命としてクラシック作品と同様、コンテンポラリー作品をレパートリーにもつ世界有数のカンパニーなのだが。まして実質初来日のエクマン作品は知名度もなく、従来の招聘枠ではまず対象とならない。はずだった。 その難関を突破したのが招聘元の「MASTER MIND LTD.」という会社なのだが、ダンス界隈で聞いたことがなかった。パンフレットにコメントを書いている柳井康治という人にも肩書きがなく謎は深まる。そもそも天下のパリオペは「呼ばれたから来る」「金を払えば来る」というものではない。通常では考えられない公演なのだ。 そこで調べてみるとこの柳井氏はユニクロ創業者の次男であり、ファーストリテイリングの取締役を務める人物なのだった。「MASTER MIND」は彼の個人会社であり、カンヌ国際映画祭で役所広司が受賞した映画『PERFECT DAYS』の企画・制作を主導した人物なのである。 どうりで物販でユニクロのTシャツを売っていたわけだ。会場のあちこちで背広姿の連中が名刺交換していたし、開始間際にドタドタ入ってきたりしてい132乗越たかお

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