第561回日経ミューズサロンアンソニー・ロマニウク(チェンバロ/ピアノ/エレクトリック・ピアノ)ソロ・リサイタル「無窮動」©sightways.be©Marco Borggreve3種の楽器を自在に操り、時空を超えた音楽の旅へさまざまな「別れ」の想いを旋律に込めてInterview河村尚子 ピアノ・リサイタル9/25(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール問 ジャパン・アーツぴあ0570-00-1212 https://www.japanarts.co.jp8/20(水)18:30 日経ホール問 日経公演事務局03-5227-4227https://art.nikkei.com 「別れや死はだれもがいつかは向き合うテーマです。悲しく寂しいだけでなく、幸せで愛らしい思い出を喚起するものでもあります。いつかは別れがあるからこそ、一日一日を大切に、自然体で生きていきたいですね。コンサートを聴く皆様に、さまざまに思いを巡らせる時間をお過ごしいただきたいです」46河村尚子(ピアノ)取材・文:飯田有抄文:矢澤孝樹 複数の鍵盤楽器を弾きこなすマルチ・キーボーディストと言えば、かつてはロックやフュージョンの専売特許で、リック・ウェイクマンやハービー・ハンコックの姿が思い浮かぶ。しかし近年はクラシックでも古楽演奏の浸透により複数の鍵盤楽器を弾く演奏家が増えている(角野隼斗もそうだ)。 その中でもアンソニー・ロマニウクは最右翼。チェンバロ、フォルテピアノ、モダン・ピアノからエレクトリック・ピアノまで弾く。ジャズや古楽も通過した しなやかで深く、優しさの中に芯を感じさせる河村尚子のピアノ。彼女が今年のリサイタルのテーマに選んだのは、「別れ」である。昨年はデビュー20周年を迎え、ドイツを拠点としながら順風満帆に活動を続ける河村が、なぜ「別れ」をテーマに掲げたのだろうか。 「私自身年齢を重ねる中で、親交の深かった方々が相次いで他界されることがありました。そうした経験の中でふと、作曲家たちは『別れ』の局面でどういう作品を書いていたのだろう、と考えるようになりました」 河村が選んだのは4作品だ。モーツァルトが旅先のパリで母を亡くした時期に書いたソナタ第8番イ短調、ラヴェルが第一次大戦で亡くなった友人たちに捧げた「クープランの墓」、ラフマニノフの幻想的小曲集より第1番「エレジー」、そしてムソルグスキーが急逝した画家の友人の絵に触発されて作曲した組曲「展覧会の絵」である。 「いずれも名曲ではありますが、このように並べるのは私としても新鮮です。ただ、これらの音楽は、決して悲観的なだけではないんですね。モーツァルトのソナタの第1楽章は悲劇的ですが、第2楽章は幸せだった思い出に浸るような音楽です。ラヴェルの『クープランの墓』はどこか天国的というか、「ひとり多様性」音楽家なのだ。のみならずフォルテピアノでバルトークを弾いたり、逆にエレクトリック・ピアノでバッハを弾いたりする。歴史と楽器を固定した関係にとどめず、新たな出会いの驚きを与えてくれるのだ。さらには即興も自在に導入。本リサイタルは彼のセカンド・ソロ・アルバム『無窮動』のタイトルが冠せられており、反復をキーワードに異なる時代の音楽を一堂に出会わせる。3台の鍵盤楽器で時空を駆ける!この世のものではないような、不思議な雰囲気もあります」 後半の2曲は重厚なロシア作品である。 「ラフマニノフの『エレジー』はこの4曲の中では例外的に特定の人への哀悼の意は示されていませんが、作風には尊敬していたチャイコフスキーへの思い入れを感じ取ることができます。変ホ短調のくすんだハーモニーで彩られています」 ラヴェルのオーケストラ版が広く知られる「展覧会の絵」については、ムソルグスキーが残した原曲のピアノ版を丁寧に読み解き、解釈していきたいと語る。 「楽譜という視覚情報を頼りに、作曲家の意図を自分自身で読み取り、組み立てていく工程には長い時間がかかります。でもその道筋を大切にしたいなと思うのです。その過程を経て、自分と作品との距離がゆっくりと縮まり、自分のものになっていく感覚が好きなのです」 この4作品を通じて、あらためて「別れ」の意味を考えたいと河村はいう。
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