eぶらあぼ 2025.5月号
119/137

それでも踊るそれでも踊る者たちのために者たちのために 最近、劇場やフェスティバルが打ち出すプロジェクトに新しい流れがあるのにお気づきだろうか。東京芸術劇場の「TMTギア」やDance Base Yokohamaの「Wings」など、アーティスト育成や創造環境整備を目指すプログラムが増えているのである。これを支えるのは、文化庁の「文化芸術活動基盤強化基金」などの助成金で、多いものは一億円を超える。 以前の助成金は「作品制作・上演」を支援するものが多かったが、近年は「アーティストを育てる」「クリエイションの環境を整え、その過程を重視する」流れがあり、成果物としての上演を必要としないものもある。また北陸Regionダンスフェスティバルが9年間続いた上演型をやめ、北陸に滞在して現地の人と交わってクリエイションをするAiR(アーティスト・イン・レジデンス)型に移行したのもこうした流れの中にあると言えるだろう。 この変化は、ダンスフェスティバルの役割の変容とも関連している。従来は「国の威信を示し、優れた作品を自国・他国に紹介する」形だった。しかしこれでは「自力で力をつけてこい。売れるようになったら陳列棚に並べてあげるから」といっているようなもの。もちろんそこを突破できるようなド天才もいるが、経済的・環境的な理由で潰えていく才能も多い。「プロとしての若手を育て、支える体制が重要」との認識が広がっているのだ。これは日本のようにダンス教育が弱い国には重要な視点といえる。 またクリエイションの現場は昔のように神秘のヴェールに閉ざされたものではない。今の若いダンサーには各自の身体論やメソッドを公開・共有し、深まっていった方がいい、という空気が普通にある。これも新しいプロジェクトがもたらすオープンな創造環境と相性がいい。116 で、何が言いたいかというと、これからは創造環境整備と、その拡充が大切だということである。そして作品は、作って終わりではない。上演を重ね、観客や評論といったフィードバックを受けながら、さらに作品世界を深めていくことが大切だ。 となると? もはや舞踊評論はダンサーの「創造環境の一部」として捉えられるべきではないか。これからは「環境整備」の一環として、ぜひ舞踊評論家の育成にも注力してほしい(Wingsは評論家も対象にしている)。よろしくお願いします。 ちょうどオレが本気で育てる「舞踊評論家【養成→派遣】プログラム」は、最終段階として4月22日から1週間、第2期生2名をイタリアの「スプリング・フォワード・フェスティバル」に連れて行く。また5月には「第3期の募集」をするつもりである。 そしてこの文章が出る頃、オレは韓国の大邱(テグ)にいるだろう。韓国は大統領の弾劾罷免とか、どえらいニュースが吹き荒れているが、実は今年、日本と韓国は国交正常化60周年なんですな。韓国のNDAダンスフェスが東京の「マドモアゼル・シネマ」を招いてダブルビル公演を行うので、オレはNDA公式アドバイザーとして参加する。帰国した3日後にはイタリアだ。 世界もダンスも変わり続ける。そして変わり続ける中にこそ、ダンスの本質は顕れてくるのである。Profileのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。「ダンス私塾オンライン」開設。皆様の参加をお待ちしております!第127回 「舞踊評論は『創造環境』そのものである」乗越たかお

元のページ  ../index.html#119

このブックを見る