106いかなる生命も不滅ではない。ナタリー・デセイは歌手としての生命を、フィリップ・カサールとのツアーで自ら終わらせた。ラスト・アルバムは20世紀アメリカのオペラとミュージカル・ナンバー(プレヴィンやバーバーなど)と近代フランス歌曲(ラヴェルやプーランクなど)。30分の短時間収録だが、内容は濃い。自らを託したのか鳥をモティーフにした曲が多く選ばれ、かつ去りゆくものへの惜別や痛みに満ちた歌詞が並ぶ。そしてデセイの歌は別れの達観など微塵もなく、歌手としての全能力を注ぎ込み激しく燃え上がる。生命を焼き尽くし、録音に残された歌は「不滅」となる。アデュー!(矢澤孝樹)コロナ禍の最中、オペラ公演中止から実現したショスタコーヴィチ公演。2024年での引退を発表した井上が「最後の第5番」の覚悟で臨み、かなりのハイテンションだが、あくまで純音楽的アプローチで構築されて、烈しさの裡に温かくヒューマンな情感が横溢する。もちろん繊細さも迫力も十分だし、わずかな乱れやズレのある(もちろん演奏の価値は落ちない)入魂の一夜のライブ感がたまらない。壮絶な終結後の歓声のない拍手まで収録した判断もすばらしく、声を奪われた時代の空気をも伝える。井上の音楽への愛と当時の状況への怒りとが、楽曲のパワーとリンクした一期一会の記録。(林 昌英)高橋悠治の約50年前のLPの復刻。ケージとバッハの貴重な音源だ。「メタモルフォシス」は、20代半ばの若きケージの意欲作。12音セリー主題を使って、冒頭の和音の強打からエネルギーが爆発する。5楽章のうち、遅い第3楽章が巨大で凝っている。どこからも下行跳躍の主題が聴こえてくる。「ザ・シーズンズ」は、パートナーでダンサーのカニンガムのためのバレエ曲。インドの季節感を基調に、冬から冬へ一巡するまでを音楽化する。頂点の秋(破壊)で金属音のような和音の打ち込みがある。「チープ・イミテーション」は単音で子どもが弾いているような曲。バッハのトッカータ第2番は自在なテンポとアゴーギクでとても面白い。(横原千史)パリ・オペラ座に所属しソロ・室内楽でも活躍する大島莉紗が、2017年に続きプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ集の続編をリリース。大きな視点から楽曲を捕まえるその解釈は、真摯かつ丁寧に進めながら、ここぞというところで大胆にえぐっていくソナタ第2番で遺憾なく発揮されている。また2台ヴァイオリン(op.56)や無伴奏(op.115)のソナタの制作に至る本人のエッセイも興味深い。作品のとらえ方、共演者である師ツェートマイアーとの意見の相違、その対処法など、珍しい曲ならではの困難が様々にあったようだが、どんなアイディアでどう乗り越えたのかが実際の録音から臨場感豊かに伝わってくる。(江藤光紀)ナタリー・デセイ(ソプラノ)フィリップ・カサール(ピアノ)La Dolce Volta/ナクソス・ジャパンLDV150 ¥オープン価格井上道義(指揮)読売日本交響楽団高橋悠治(ピアノ)大島莉紗 トーマス・ツェートマイアー(以上ヴァイオリン) シュテファン・シュトロイッスニク(ピアノ)QUARTZ/東京エムプラスXQTZ 2164 ¥3300(税込)プレヴィン:歌劇《欲望という名の電車》より〈私が欲しいのは魔法〉/バーバー:「はかない歌」より〈すべては過ぎ去るから〉/ショーソン:ハチドリ/ラヴェル:天国の美しい3羽の鳥/プーランク:モンテカルロの女 他ショスタコーヴィチ:交響曲第5番収録:2022年2月、サントリーホール(ライブ)オクタヴィア・レコードOVCL-00822 ¥3850(税込)ジョン・ケージ:チープ・イミテーション(抜粋)、メタモルフォシス、ザ・シーズンズ 1幕のバレエのための/J.S.バッハ:トッカータ第2番 ハ短調コジマ録音ALM-14 ¥3080(税込)プロコフィエフ:2つのヴァイオリンのためのソナタ op.56、ヴァイオリン・ソナタ第2番 op.94a、無伴奏ヴァイオリン・ソナタ op.115(ソロ版/2つのヴァイオリン版・T.ツェートマイアー編)CDSACDCDCD渡り鳥/ナタリー・デセイ&フィリップ・カサールショスタコーヴィチ:交響曲第5番/井上道義&読響シーズンズ/高橋悠治プロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ集/大島莉紗
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