下野竜也 ©Nanako Ito©Andrej Grilc東京混声合唱団 ©中村紋子61下野竜也(指揮) 東京都交響楽団シュテファン・ヴラダー ピアノ・リサイタル楽都のピアニズムを継承する名匠が王道ソナタ3曲で深化をしめす文:山崎浩太郎文:江藤光紀 スペクトル楽派をご存じだろうか? 先進的な音楽創造をリードするIRCAM(フランス国立音響音楽研究所)で音響の解析に取り組み、得られた倍音列を創作へと応用した作曲家を指し、ジェラール・グリゼー、トリスタン・ミュライユがその祖とされている。ところが音響を倍音列に分解し再構成するというアイディアには先駆者がいた。日本の黛敏郎は梵鐘の音を素材にこれを行い、「カンパノロジー」と名付けて「涅槃交響曲」の第1、3、5楽章を作り上げた。黛は電子音楽の創作経験から独自にこの発想にたどり着いている。 4月30日の都響Aシリーズ定期では、特に邦人現代音楽を得意とする下野竜也が登場し、スペクトル楽派と黛のアイディアの相似性や違いを実体験しようではないか、という意欲的なプログラムに挑む。まずはスペクトル楽派の代表的作品として知られる「ゴンドワナ」。ミュライユが1980年に作曲した作品 シュテファン・ヴラダーは、今はなきフリードリヒ・グルダやパウル・バドゥラ=スコダと同じく、生粋のウィーンっ子である。1985年、ウィーンで開催された第7回ベートーヴェン国際ピアノコンクールで最年少優勝を果たして以来、活躍を続けてきた。母校であるウィーン国立音楽大学のピアノ科教授も99年からつとめており、「音楽の都」の光輝を受け継ぎ、次世代に受け渡す役割も担う存在である。 7月15日のフィリアホールでの来日リサイタルでは、ベートーヴェンの「月光」と「熱情」の2曲のピアノ・ソナタ、そしてシューベルトのピアノ・ソナタ第21番という、ウィーン王道の名曲3曲を演奏する。いずれも早くから弾きつづけてきた作品だが、ベテランの域に達した現在の彼の演奏は、どんなものになるだろうか。本人によると、若いころはベートーヴェンの作品も素直に弾いていたが、近年はより緩急と強弱の変で、倍音列を独自に展開しているが、ところどころでカンパノロジーと似た響きが聴こえるのが興味深い。続いてパリに学びグリゼーに師事した夏田昌和の「重力波」(2004)。この作品ではオーケストラの音響がエネルギーの集積と発散のうねりとして描きだされる。いわばスペクトル的な思考の発展形で化の幅を大きく、表情を際立たせることを意識するようになったという。けっして奇をてらうわけではなく、楽譜を深く読み込むことで、よりラディカルに、鮮度の高い演奏となったのだ。シューベルトの最後のソナタの雄大なスケールも、同様に彫琢をより深めてくることだろう。 近年は指揮活動も増え、その経験がピアニストとしての視野も広げ、表現をより豊かにしたという。この点もききどころだ。7/15(火)19:00 神奈川/フィリアホール問 パシフィック・コンサート・マネジメント03-3552-3831 https://www.pacific-concert.co.jpある。そして「涅槃交響曲」(1958)。3群に分かれたオーケストラによるカンパノロジーを縦糸に、男声合唱(東京混声合唱団)による声明(しょうみょう)を横糸にして、仏教的な世界観を壮大に歌い上げる。同じアイディアから生まれる多彩なサウンドに驚かされ、圧倒されることだろう。第1020回 定期演奏会Aシリーズ 4/30(水)19:00 東京文化会館問 都響ガイド0570-056-057 https://www.tmso.or.jp「音響」そのものに身をゆだねる、唯一無二のプログラム
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