eぶらあぼ 2024.12月号
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34Interview仲道郁代(ピアノ)音と言葉、その豊かな世界観に浸る新シリーズ 仲道郁代がHakuju Hallで新たなシリーズを始動する。ピアニストによる歌曲の企画「言葉を奏でる」。 「シューベルトに深く取り組んでみたいというのがそもそもの動機です。最近、特にベートーヴェンの作品の修辞学的な意味を探っているうちに、私の中で音と言葉の境界線がだんだん溶け合ってきたんです。そのような時に何度か歌曲を弾く機会をいただいて、特にシューベルトの、言葉に対する音楽の妙、巧みさに非常にインスパイアされました。彼の歌曲のピアノは単なる伴奏ではなく、暗喩的な意味を持たされていたりして、奥行きが深く、立体的。この言葉に、なぜこの音型、このハーモニーをつけたのかというアイディアが、明確に聴こえてきます。 実は今年になるまでシューベルトは数曲しか弾いてきませんでした。歌曲を深く知らずに彼のピアノ曲に本格的に取り組むことに抵抗があったのです」 新シリーズは、そのシューベルトが軸になる。第1回はバリトンの加耒徹とともに「白鳥の歌」。 「遺作の歌曲集。今年は、春にト長調のピアノ・ソナタ(第18番)、秋に即興曲 作品90&142と、シューベルト晩年の作品を弾きましたが、彼が人生の最後に見出した世界観の美しさは筆舌に尽くせないものがあります。加耒さんの艶やかな若々しい声で歌われる最晩年のシューベルト。とても楽しみです。 今回はシューベルトが影響を受けたベートーヴェンの『遥かなる恋人に寄せて』も演奏しますし、今後はシューマンも取り上げていきたい。基本的にドイツ語の歌たちの世界に取り組みたいと思っています」 歌詞の和訳を字幕で出す。 「“言葉を奏でる”ですから、言葉をちゃんと味わっていただきたくて。何を言っているかわからなかったら、歌曲を本当には味わえないと思うのです。字幕なら手元に配った紙に視線を落とさずに聴いていただけます。音楽に合わせて、今まさに歌っている言葉の意味がわかるようにしたいと思います。 たとえばいずれ取り上げる『水車屋の美しい娘』では、若者が彼女への思いを語っている時に、ピアノがすごく不穏な和音を弾いていたりします。ピアノ・パートは水車を回す小川。小川は若者が彼女とは結ばれないことを知っているんですね。そうやって言葉を理解して聴くと、当時1820年代の人たちの、創造力豊かな文学的な世界観が聴こえてくる。ピアノは、同じ和音でも、言葉の違いによって、根音を出すのか、第3音を出すのか、第5音を出すのかなど、ありとあらゆる細かな表現のテクニックが必要になります。それで仲道郁代 言葉を奏でる vol.1 シューベルト「白鳥の歌」 〜加耒 徹を迎えて2025.1/25 (土)15:00 Hakuju Hall問 Hakuju Hall チケットセンター03-5478-8700 https://hakujuhall.jp表情を変えられる。そういう色々な試みをするのが楽しいんです」 器楽曲を弾く時にも「言葉」は重要だという。 「感性というのはあまりにも心許ないもので、自分が何を考えて、どういう音にしていくのかは、言葉を使わないと考えられません。そして、言葉からインスパイアされたさまざまな表現は、その言葉を超えることもできます。言葉も音も記号です。そこから何を受け止めるかというのは、実は同じ作業なのかもしれません」 仲道郁代という思索し続けるピアニストが「言葉」から何かを受け止める時、それは私たち聴き手にとっても、「言葉と音楽」を見つめ直す好機になるはずだ。取材・文:宮本 明©Taku Miyamoto

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