eぶらあぼ 2024.11月号
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取材・文:後藤菜穂子 写真:かくたみほ注目されない最初の2曲も気に入っています。彼の様式が確立される前の第1番、彼らしさが覗く第2番、そして第3番以降はまったく新しいアイディアと驚くべき革新的な書法が次々と現れます。第3〜5番のヴァイオリンの書法は本当に見事です。一年ちょっとでこれほど進化するのはまさに驚異的で、5曲通して聴くことでそのことを実感いただけると思います」 今回ファウストは、愛器のストラディヴァリウス「スリーピング・ビューティー」にガット弦を張り、クラシカル弓で弾く。古楽アンサンブルとモーツァルトを弾くときのいちばんの違いは、と問うと、「もちろん奏法やフレージングの違いはありますが、そうした一般的なことよりもそもそもイル・ジャルディーノ・アルモニコの音楽家たち、そしてジョヴァンニと演奏することが他のグループやオーケストラとはまったく違う体験」と強調する。 「それはガット弦を使うとか使わないとかを超えた次元の話なのです。今ではモーツァルトはモダン・オーケストラとはほぼ弾かないですね」 協奏曲の技巧的な見せ場であるカデンツァでは、フォルテピアノ奏者のアンドレアス・シュタイアーが作曲したものを弾く。 「演奏会では自分で即興的に弾いたこともありましたが、録音に残すにはきちんと理論立てたものにしたいと思い、モーツァルトのピアノ協奏曲のカデンツァのスタイルを知り尽くしている彼に相談し、書いてもらいました。それぞれ違った知的で魅力あふれるカデンツァです」 彼女のイル・ジャルディーノ・アルモニコとの直近のプロジェクトはロカテッリの作品集(2023年リリース)であり、モーツァルトでのツアーは久しぶりとなる。 「みんなでまた一から作り上げていきます。きっと録音とはまったく違うモーツァルトになるでしょう。彼らとの音楽作りはいつも最高にエキサイティングで、とても勉強にもなります。とくにツアーでは、ジョヴァンニが日々どう変化していくのかも興味深いです。何しろ彼は決して満足することはなく、次の都市に移ればまた新しいアイディアを出し、それをみんなで試すといった具合ですから。こうした魅力的で情熱的な音楽家たちとともに東京で演奏できることを心待ちにしています」32Isabelle Faust/ヴァイオリンイル・ジャルディーノ・アルモニコとの音楽作りは最高にエキサイティング 2021年11月、コロナ禍による厳しい入国制限のなか来日したイザベル・ファウストは、東京オペラシティ コンサートホールでバッハの無伴奏作品を演奏した。意外にもそのときがホール初登場で、その響きの素晴らしさと観客が掲げるブラボーのプラカードに感激したと話す。 本来はジョヴァンニ・アントニーニ率いるイル・ジャルディーノ・アルモニコと訪れるはずだったが、ツアーは中止。でもソロなら、と来日してくれた。それから3年、今年12月にようやく待望の彼らとのモーツァルト・プロジェクトが実現。2日間にわたって、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲全5曲とロンド ハ長調他を取り上げる。  ファウストが古楽アンサンブル、イル・ジャルディーノ・アルモニコとモーツァルトのヴァイオリン協奏曲集を録音したのは2015/16年。そもそも彼らとのコラボのきっかけは? 「もともとクラウディオ・アバド&モーツァルト管弦楽団と協奏曲を録音する話があったのですが、彼が亡くなってしまい、その時点で彼とできないのならまったく違うモーツァルトにしたいと考え、ジョヴァンニと彼のアンサンブルが頭に浮かんだのです」 「イル・ジャルディーノ・アルモニコの奏者たちはお互いを知り尽くしていて家族のようなグループ」とファウスト。 「そこに私が外から加わるわけですから、彼らの奏法やスタイルに順応する必要があり、私自身そうしたかったのです。モーツァルトの協奏曲のようにソロとオーケストラが一体化した作品では、トゥッティも弾いてグループに溶け込みつつ、同時に自分なりの“スパイス”を加えることが必要で、じっくりリハーサルを重ねて作り上げていきました」 モーツァルトのヴァイオリン協奏曲は、青年時代の溌剌とした音楽。ファウスト自身はこれらの曲をどのように捉えているのだろうか。 「5曲の協奏曲が書かれたのは1773〜75年、彼の創作活動のほんの一瞬の出来事で、作曲の経緯についてもよくわかっていません。でも、たしかに彼は人生のこの時期にヴァイオリン協奏曲に集中的に取り組んだのです。私は5曲とも大好きですが、あまりイザベル・ファウスト

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