eぶらあぼ 2024.11月号
34/145

取材・文:片桐卓也 デビュー50周年を迎える2025年に、ヴァイオリニスト・大谷康子が「特別コンサート」を開催する。 「50周年と言っても、自分の得意とする名曲を並べてというようなコンサートはしたくなかったのです。特に今は世界中で戦争が続いています。そんな時に何か自分が出来ることはないだろうか?音楽という人の心を本当に感動させる芸術があり、自分はそれに携わっているのだから、音楽を通して何かしたいという思いがデビュー以来、常にありましたので、この機会にそれを皆さんと共有したいと考えたプログラムです」と大谷。 ラヴェル「ツィガーヌ」(ピアノ:藤井一興)から始まり、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第8番ハ短調(クヮトロ・ピアチェーリ)、R.シュトラウス「メタモルフォーゼン(変容)」(山田和樹指揮/大谷康子50周年記念祝祭管弦楽団)と展開する。「ラヴェルの『ツィガーヌ』は東京藝大附属音楽高校の卒業試験で演奏した思い出の作品で、コンサートではまずヴァイオリン一挺で私の音を聴いてほしいという思いがあり、この曲からスタートすることにしました。私の奏でるヴァイオリンの音色に合った作品だと言われることも多く、大事な機会に演奏を重ねてきました」 ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第8番は「ファシズムと戦争の犠牲者の想い出」に捧げるとされた作品であり、大谷が活動の柱のひとつとしてきた弦楽四重奏団クヮトロ・ピアチェーリで演奏した作品でもある。 「クヮトロ・ピアチェーリは、出身校は違うのですがチェロの苅田雅治さんから声をかけていただいたことに始まります。私が忙しく、実際に活動を開始するまでに5年もかかってしまったのですが、始めてからはショスタコーヴィチ全曲、話題となっている現代の作曲家、そして日本人の作曲家による歴史に残る作品という3本柱で活動をしました。忙しいメンバーばかりだったので、リハーサルの開始が夜11時の時もあったりして大変でしたけれども、やはり取り組んで良かったと思います」 苅田の師である井上頼豊は第二次大戦後シベリアに抑留され、1948年に帰国したという経験を持つ。その時に、井上はショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲のスコアを持ち帰り、それを苅田に託したという。それを踏まえてスタートしたショスタコーヴィチの全曲演奏は、2010年文化庁「芸術祭大賞」を受賞し、大谷にとっても大きな意義を持っていた。 「R.シュトラウスは私がオーケストラで長く演奏させていただいた経験を踏まえて、戦争のなかで様々な人、もの、文化が失われていくのを嘆いた作曲家の真情を、いま私たちも共有したいという願いから選びました」 前半では、現在も世界を覆う争いの悲惨な一面を表現するが、後半にはクレンゲルの「ヒムニス(讃歌)」のヴァイオリン合奏編曲版、そして萩森英明の世界初演となる新作「ヴァイオリン協奏曲『未来への讃歌』〜ヴァイオリンと世界民族楽器のための〜」が続く。 「前半は嘆き、哀しみがテーマですが、後半は未来へ向けた希望、音楽で出来ることへの期待や願いを表現したいと思いました。人は壁を超えて、ひとつになれるはずだという想いです。そこでクレンゲル、萩森さんに委嘱した新作を演奏します」 クレンゲル作品は本来12人のチェリストのための作品だが、それを24人のヴァイオリニスト用に萩森が編曲する。 「委嘱新作は世界各地の楽器を使った作品にしたいと考えていました。音楽で世界が仲良くするための象徴です。そこで三浦一馬さんのバンドネオン、さらにバスクラリネット、ンゴマ、ドゥタールにヴァイオリンを加えた5つのソロ楽器とオーケストラのための協奏曲を萩森さんに書いていただいています」 バスクラリネットで参加する梅津和時はクレズマー音楽にも造詣が深く、アフリカ大陸の太鼓であるンゴマ、ウズベキスタンなどで使われる弦楽器・ドゥタールも加わり、ひとつの作品の中に世界の音が共存することになる。 「こうした音楽を通して、民族などの壁を超えて、未来に向かうということを、いらっしゃった皆さんと考えたい。そんなコンサートになれば嬉しいです」と大谷は結んでくれた。31デビュー50周年の特別な機会に、音楽を通して未来に希望を託したい

元のページ  ../index.html#34

このブックを見る