eぶらあぼ 2024.09月号
49/149

46 ムーティが指揮するヴェルディのオペラは次元が違いすぎる。楽譜に忠実なのはもちろん、行間まで深く読みとり、それを演奏者に周知徹底し、円熟の手腕で表現する。聴き手は引き出された作品の力に打ちのめされる。今年の東京・春・音楽祭での《アイーダ》がそうだった。 こうして至高の演奏にいたるまでの全過程を、才能ある若手音楽家に伝える「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」は、イタリア・オペラの本質を次代に継承するためにも、国内外の若手が最高水準のメソッドを経験するうえでも、このうえなく貴重な機会だといえる。 今年は時期を9月に移して、ムーティはヴェルディを題材に2週間にわたってアカデミーを開催してくれる。選ばれた演目は《アッティラ》。5世紀中ごろにヨーロッパ大陸の大半を征服したフン族の王、アッティラ(バス)を主人公に据えた、ヴェルディの9作目だ。 イタリアに侵攻したアッティラに対し、ローマの将軍エツィオ(バリトン)、騎士フォレスト(テノール)らは復讐を誓う。とりわけフォレストの恋人オダベッラ(ソプラノ)は、父の仇を討とうと強い決意で臨み、アッティラの花嫁になって敵を討ち果たす。 型にはまった題材から脱し、異常な人物の異常な心理を、音楽と言葉をからめながら深く掘り下げたのがヴェルディの特徴なら、それは《アッティラ》か巨匠が愛するヴェルディの秘作左より:リッカルド・ムーティ ©Todd Rosenberg Photography - By Courtesy of riccardomutimusic.com/イルダール・アブドラザコフ ©Anton Welt/フランチェスコ・ランドルフィ/フランチェスコ・メーリ ©Stefano Guindani/アンナ・ピロッツィ 表題役のイルダール・アブドラザコフは、艶のある荘重な重低音を完璧に制御し、色彩豊かに歌う。現在、世界一のアッティラ歌いと言っていい。エツィオ役のフランチェスコ・ランドルフィは、品位あるフレージングに多様なニュアンスを加える。フォレスト役のフランチェスコ・メーリは声を自在に操れる、ご存じイタリア最高のテノール。そして、至難の装飾歌唱や音の上昇が求められる難役オダベッラを歌うアンナ・ピロッツィは、技巧と力強さを兼ね備えた稀有なソプラノだ。 成功するほかないキャストを得て、名演は約束されていると言えるだろう。そして、若く有望な音楽家たちが、この最高の演奏にいたる過程を見聴きし、実践できるという事実に、筆者は興奮を禁じえない。ムーティが指揮する公演のほかに、彼自身による作品解説、そして教えを受けた指揮受講生と日本人歌手による公演もあるから、そちらも楽しみだ。 ほんものを聴けるよろこびは何物にも代えがたい。加えて、ほんものが継承される瞬間に立ち会える。よろこびが二重にも三重にも得られるプロジェクトである。ら始まった。そこには活気ある力強い音楽と、輝かしい名旋律、人間への洞察にもとづいた表現の深掘りが併存している。そんな作品をムーティは、フィレンツェ時代も、スカラ座時代も、その後も、たびたび取り上げては、深い理解とともに魅力を引き出してきた。 必ずしも演奏機会が多い作品ではない。並の演奏では、大味な印象になりやすいからかもしれない。 ところが、ムーティが指揮するとまったく違う。「ズンチャッチャ」と揶揄されもするオーケストレーションが、洗練された音色で意味を語り出し、歌手たちの歌唱に無限のニュアンスが加わる。ベルカント・オペラの伝統に依拠しながら、人間ドラマを掘り下げようとしたヴェルディのねらいが、聴き手の耳に強烈に届けられる。「これほどの傑作だったのか」と膝を打ちたくなる。 だから、常に「《アッティラ》がお勧め」とまではいえなくても、「ムーティの《アッティラ》はお勧め」とは断言できる。とくに今回は歌手が揃っている。リッカルド・ムーティによる《アッティラ》作品解説9/3(火)19:00 東京音楽大学 TCMホール(中目黒・代官山キャンパス)リッカルド・ムーティ presents 若い音楽家による《アッティラ》(演奏会形式/字幕付)9/12(木)19:00 東京音楽大学 100周年記念ホール(池袋キャンパス)リッカルド・ムーティ指揮《アッティラ》(演奏会形式/字幕付)9/14(土)19:00 東京音楽大学 100周年記念ホール(池袋キャンパス)9/16(月・祝)15:00 Bunkamura オーチャードホール問 イタリア・オペラ・アカデミー in 東京 チケットデスク050-3498-1053https://www.tokyo-harusai.com/academy_2024名演間違いなしの充実キャスト文:香原斗志リッカルド・ムーティイタリア・オペラ・アカデミー in 東京 vol.4 《アッティラ》レジェンドが花開くヴェルディの知られざる名作の世界

元のページ  ../index.html#49

このブックを見る