eぶらあぼ 2024.7月号
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 在京オーケストラが顔を揃える「フェスタサマーミューザ KAWASAKI」で、今年関西から唯一参加するのが、佐渡裕芸術監督率いる兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)。阪神・淡路大震災から10年の2005年、文化復興のシンボルとして創設された楽団だ。 「地元に根付いた活動を続けてきて、今では兵庫芸文で3日間行われる定期演奏会がいつもいっぱいになります。 PACはアカデミーの要素を持ち、在籍期間は3年、35歳までの国際色豊かなメンバーで構成されている特殊なオーケストラです。練習しながら同じ宿舎で寝食をともにし、ゲスト参加する世界のトップオーケストラの奏者と共演することで学ぶ、他ではできない経験を積んでもらいます。 将来への期待と不安を抱える若者の大切な時期を預かることになりますから、僕とメンバーたちも特殊な絆で結ばれているのです」 来年で20周年を迎えるPACは、「不思議なものでメンバーが入れ替わっているにもかかわらず、楽団としてのキャラクターが確立されてきた」という。 「オーディションを経て集まるメンバーのレベルもあがっています。卒業生は世界で活躍していて、今回サマーミューザに出演する多くの在京オーケストラにもOB・OGがいます」 8月は同じ顔ぶれで活動した1年間を締めくくる時期。さらに演目は兵庫の定期公演で演奏したものを持ってくるので、音楽は十分に練り上げられた状態だ。そしてソリストに迎えるのは佐渡イチオシのトランペット奏者、セリーナ・オット。 「彼女とは、僕が音楽監督を務めるトーンキュンストラー管弦楽団が出演するオーストリアの野外音楽祭で出会いました。技術はもちろん、とにかく音がすばらしい逸材です。ぜひ日本で紹介したいと思いました」 シェーンベルクの交響詩「ペレアスとメリザンド」は、その音楽祭の音楽監督であるピアニストのルドルフ・ブッフビンダーから“この曲は絶対にユタカにぴったり”と勧められた演目だという。 「シェーンベルクというと十二音技法のイメージがあると思いますが、これは初期作品なのでロマン派の要素が強いといえます。フォーレやドビュッシーの同名の作品のふわっとした感じとは違い、大編成のオーケストラでドラマティックな物語の世界を緻密に描き上げるので、初めて生で聴く方にも充分楽しんでいただけるはずです」 PACメンバーにとっては、正直チャレンジングな演目だ。 「彼らはベートーヴェンの有名な交響曲ですら初めてということも多いですから、シェーンベルクとなれば、当然大きな挑戦になります。だからこそ、絶対成功させようという意欲にあふれたフレッシュな演奏をしてくれるでしょう。本番を重ねてもダレることはなく、彼らが毎回新しい発見をしていることが伝わってきます」 これまで地元兵庫に腰を据えて活動することを大切にしてきた。 「東京で認めてもらうことはあまり考えないようにしてきましたが、20周年の節目を前にこのようなすばらしい音楽祭に声をかけていただいたのですから、僕たちも相当気合を入れて臨みます(笑)。あと僕、個人的にミューザ川崎シンフォニーホールがすごく好きなんです。形状やすばらしい音響のおかげか、客席でも心地よくて、オーケストラの演奏会に来た!という実感が持てるんです」 東京には優れたオーケストラがたくさんあるが、その中にあってもPACは「異彩を放つおもしろさがあるはず」と佐渡は話す。 「それは、ひたむきさ、音楽に対する姿勢、そして何より、西宮の超満員のお客さんの拍手を浴びて育ってきた楽団ならではの魅力です。 震災後、兵庫は全国のみなさんの支援で復興しました。なかでもPACは、心の復興を音楽で成し遂げたモデルケースです。残念ながら、これからも世界中で災害は起こり得るでしょう。そんな中、祈りや未来への想いを大切に、これからもPACとともに歩み続けていきたいです」Profile京都市立芸術大学卒業。レナード・バーンスタイン、小澤征爾らに師事。1989年ブザンソン国際指揮者コンクール優勝。これまでパリ管弦楽団、ロンドン交響楽団、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団等欧州の一流楽団に多数客演。現在オーストリアのトーンキュンストラー管弦楽団音楽監督、兵庫県立芸術文化センター芸術監督、新日本フィルハーモニー交響楽団音楽監督、シエナ・ウインド・オーケストラ首席指揮者などを務める。取材・文:高坂はる香39意欲にあふれたフレッシュな演奏を聴いてほしい

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